彼は一足先に転勤先に行き、あとから家族が追いかけることになっていたようだ。1週間ほどのち、妻が会社に私物を取りに来た。 「奥さん、しっとりと落ち着いたきれいな方でした。誰かに聞いたんでしょう、帰り際に私の席まで来て『リサさんですね。主人がお世話になりました』と言って行ったんです。背筋が凍りました。妻は知っていたんです、たぶん。何もかも。でも転勤先に子どもとともについていった。きっと夫にも黙ったままなんでしょう。なかったことにして新しい生活を始める。それも妻の甲斐性なのかもしれません」 　あのときの怖さを今もはっきり覚えているとリサさんは言う。その後、上司を失って落ち込んだ時期も長かった。上司はその後、別の地に転勤して、2年前に本社に戻ってきたそうだ。 「ただ、そのときはすでに私は元カレとよりを戻して結婚。子どもが産まれて、より働きやすい環境に転職していましたから、会うことはありませんでした。ただ、今でもあの3ヶ月のことは忘れられない。あれほど恋に夢中になったことはなかったから」 　今はもうあの頃の燃え上がるような情熱はない。上司の社会的信用がかろうじて守られたのは、彼が仕事のできる人だったからだろう。気をきかせた役員が引き離してくれたから、ふたりとも致命傷を負わずにすんだ。 「元同僚に聞いたところによると、上司は転勤先で3人目の子が産まれたそうです。結局、そういうことなんだなあと少し虚しさもありました。でも私も結婚したのだから、別々の人生を歩むしかない運命だったんでしょうね」 　まだすべてが思い出として整理されているわけではないのかもしれない。リサさんは複雑な表情を見せた。 【関連記事】⇒疲れきった妻に「今日だけ頑張れない？」とセックスを迫り…“レスられ夫”の身勝手さが空回る｜ドラマ『あなたがしてくれなくても』 【関連記事】⇒「うんこ」を連発する相手と、ムードのあるセックスは無理。“したくない側”の事情｜ドラマ『あなたがしてくれなくても』 ＜文／亀山早苗＞ ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】