娘が苦労した時期に、なんにもできないことがショックで
――女の子たちを主人公にしようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
新井英樹(以下、新井):『なぎさにて』(小学館)を描く時に、今までと違うものがやりたいって話をしたら、コミックビームの担当編集者に「1人の作家が今までと違うものを描こうと思ったら10年かかる」って言われた。それから約10年経って、今やってるのが『SPUNK‐スパンク!‐』。
20年近く家に引きこもって表に全然出てなかったから、今までやろうと思ってないことを全部やれる限りやろうって思って、女装してみたり。そのあたりから女の子を描き始めた。
50過ぎるとどこの店行っても年上になっちゃうし、女の子を口説きたいとか遊びたいとかもなくて、でも好奇心だけは強いからあれやこれやと話を聞くと、女の子ってこんなに悩んでるんだ!っていうのが結構あって。男以上にきついなと。男の子がやることといったら悩むこと以外にないと思ってるから、男の悩みを聞いてもゲラゲラ笑って済ませちゃうんだけど(笑)。
なんで俺こんなに悩んでる女の子たちのことが気になってるんだろうって考えて。一時期、娘が学校で苦労した時期があって、それまで漫画で結構えらそうなことを描いてたのに、なんにもできないってことがわかって結構ショックというか。これはもうしょうもないな自分、と思った。
こんなの娘にも言ったことないけど、今にして思えば、実はそのあたりから「女の子頑張れ!」っていうのを描き始めた気がする。心病んだり苦しんでる子たちと連絡とって「頑張れ」って伝えたり。親として照れがあるから、娘にできない分そうしてるのかなと。

新井英樹さん
――娘さんや身近な女の子たちへのエールが始まりだったんですね。
新井:周りの女の人たちは、自分のことをフェミニストだと一応言ってくれる。あんな漫画ばっかり描いてるけど(笑)。
聞けば聞くほど見れば見るほど、男社会だよなあと思う。実際に女の子たちの悩みって、“男ののんきな悩み”って敢えて言うけど、それに比べて重いなって。この年になった爺さんが漫画を描いて元気づけるっていっても、余計なお世話だって言われそうだけど、女の子たちの後押しになるような、楽になるようなものが描きたいと思った。「何やったっていいよ」って。世間がそれを大目に見るような。
彼女たちが苦しい原因は、今のこの世の中が「抜け」が悪すぎるからっていうのが多分にある。だから、「抜け」がよくなる考え方ができるような漫画を描けないかなって漠然と思った。これは罰しないといけないみたいな、すぐに人を裁く世の中になってるけど、そこ全部流しちゃえよっていう感じにできたらいいのかなって。
今まで、例えば『ザ・ワールド・イズ・マイン』とか『キーチ!!』とか、社会とか世界とかを舞台にしてやってたけど、こないだ誰かが「お金のことを別にすれば、人間の悩みの8~9割は人間関係だ」って言ってて。だとしたら、人間関係うまくやるっていう話を書くのは、世界平和に繋がるんじゃないかと(笑)。

新井英樹『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン1巻』(ビームコミックス)KADOKAWA