あるいは、青山真治監督による傑作映画『空に住む』(2020年)はどうだったか。同作の多部は振り返る人として息を呑む素晴らしさで演出されていた。ある瞬間にふと彼女が振り返る。それだけでザワザワする。
松坂桃李と広瀬すずがW主演した『流浪の月』(2022年)でも、遠くへ歩いていく途中でやはり振り返る場面がある。同作中もっとも印象的なワンショットを観客の記憶に刻みつけた。では振り向かない多部はどうだろうか。
10月期の新ドラマ『いちばんすきな花』で演じる潮ゆくえ役は、振り向かないが故に魅力的に映る。視聴者は真正面から多部と向き合うことになる。しかも彼女特有のパサパサだけでなく、同時にジュワッと豊潤な水分が染み出るような、さらに深化した演技を垣間見ることにもなる。

『いちばんすきな花』では、友達なのか、そうではないのか、それともそれ以上の何かだったのかとよくわからない関係性が交錯する様が描かれる。
男女に友情は成立するのかというテーマの物語と一言で言い切ることもできるのだが、多部はそのあたりの複雑さを引き受けながらも、いやいやそんなことをどうだっていいじゃんと言いたげに演じている。
10月12日に放送された第1話の冒頭場面、小学生たちの授業中、過去を回想するゆくえが、窓際の席でひとり。多部が周りを見回すだけの場面だが、こんな動作ひとつですでに何かが始まっているなと思わせる画面の力。
この作品でも凛とした存在感でいかにもイケメン的な役回りで、ちょっと面倒な物語のからまったひだをうまく解きほぐしながら視聴者を引っ張っていってくれる。淡々と、でもパッションもちゃんと忘れない。そんな推進力として。