世界の名作文学を全4回で解説、読破する『100分de名著』(NHK Eテレ)でも三上は、この上ない厳格さと美しさで自らの横顔を印象付けていた。イタリアの記号学者ウンベルト・エーコによる大ベストセラー小説『薔薇の名前』放送回(2018年)。
三上が、繊細な照明を施したスタジオで本を広げ、朗読する。ややローアングルのカメラが、その横顔を捉え、その声の表現を浮き上がらせる。エーコが込めた複雑なミステリー世界が、三上の横顔と声でより一層引き締まり、迷宮感を強める。
芸術表現の理想型みたいな存在感の人である。彼の声の魅力は、2007年から放送され、ナビゲーターを担当している『小さな村の物語 イタリア』(BS日テレ)のナレーションにもいきいきと息づいている。彼が発する言葉ひとつ、そしてまたひとつ、どれも決して聞き逃してはいけないと思わせる明快な磁場がある。

『贖罪の奏鳴曲』DVD BOX(ポニーキャニオン)
その存在とその声が、かぐわしい色っぽさで結実した代表作をひとつだけ挙げるとするなら、『月の砂漠』(2003年)でもタッグを組んだ青山真治監督の『贖罪の奏鳴曲』(WOWOW、2015年)だと思う。ここには青山監督が、ワンカットごとに丹精込めた彫刻作品のように端正な三上博史が写っている。
一方で若き日の三上は、トレンディドラマ俳優として気を吐いていた。『東京サラダボウル』と同じ刑事役を演じたコメディドラマ『君の瞳をタイホする!』(フジテレビ、1988年)は、バブル時代を象徴するトレンディドラマとして記憶されている。
1990年代には、世界的指揮者が中学校のオーケストラ部を指導する『それが答えだ!』(フジテレビ、1997年)で、とびきり嫌味っぽく、色っぽく、しなやかな名演がある。唯一出演経験がある大河ドラマ『平清盛』(NHK総合、2012年)での鳥羽上皇役も忘れがたく神々しい。『東京サラダボウル』の三上博史は、この令和の時代に不意に再発見された感じがする。
<文/加賀谷健>
加賀谷健
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:
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