――『恋のすべて』を入り口に短歌の世界に興味を持ったら、次、どうしたらいいでしょうか?
くどう 一口に短歌って言っても、いろいろな歌人がいて短歌もいろいろです。絶対に合う歌人、好きな短歌は見つかるはずだから、そういう人と出会えるといいですよね。すぐに「向いてないかも」って思わないでほしい。
染野:短歌に慣れたり上達したりするには、とにかく「多読多作」だと言われます。書店の短歌コーナーは今、とても充実していますし、ネットでも短歌に関する情報がたくさん出ているので、気軽にアクセスして自分でいろいろ見てみる。いろんな人の短歌が載っている短歌雑誌やアンソロジーを読むといいかもしれません。
くどう:あと、国語的なものの素養が必要だとか、読み解かなくちゃいけないとか思いすぎないこと。1首に固執して「わからない…」って考えすぎず、まずはわかる短歌を探しに行くのもいいと思います。
染野:ワンフレーズ面白いと思ったらそれだけでもまずはいい。例えばさっきも挙げた「ブラックティー・インク・無花果 失恋の前触れとして香水を買う」。「失恋の前触れとして」ってどういうことだろうと。でもまずは「ブラックティー・インク・無花果」で広がる香りやイメージを、短歌のリズムに乗せて楽しむ。まずはそういうところからで良いのだと思います。そのうち、そんな香りすべてが失恋の予感になるなんて、華やかだけどなんだか寂しいなとか、理屈では説明しきれない感覚とともに、なんとなくわかったような気がしてきます。
――では「自分の思いを短歌にしてみたい」と思ったときは、どうしたらいいでしょうか?
染野:まずは、自分が書くものが五・七・五・七・七になる喜びや楽しみを感じればいいのだと思います。それだけで、けっこう力を使っていると思うんですよ。日本語を五・七・五・七・七にととのえるだけでも十分。短歌のリズムや音を楽しめばいい。
くどう:五・七・五・七・七にはめ込むだけで楽しいですよね。
染野:もう少し具体的なことを言うと、感情そのものでなく、感情が湧き上がったときに見えていたもの、そのシーンを書くというのもいい。その瞬間、たとえば、目の前にあるペンの青さが気になったら、それを五・七・五・七・七にするだけでいい。いいものを作ろうとか、気持ちをちゃんと伝えなきゃと考えるから難しくなっちゃう。
くどう:私はとことん自分のために書きたいなあと思います。投稿とかコンクールとか評価を求めるのもいいけど、「だれに書くか」より、「何を書きたいか」が自分の経験上、長く書くためには大事だと思うので。自分の経験なんてたいしたことないと他人と比べがちですが、誰1人同じ感情はなくて、その人がその時その場所でそう思ったのは、その人だけ。自分が書きたいと思った気持ちをいちばんに尊重するのが、案外難しいのですが大事だなあと日々思います。
――さまざまな表現手段がある中で、短歌だからこそできるはなんでしょう?
染野:日本語が音であることを思い出させてくれるのが短歌だと思っています。五・七・五・七・七にしたときに生まれる日本語の抑揚はすごく音楽的。楽器ができなくても音の世界、リズムやメロディーの世界に触れることができる。あまりにも当たり前のことかもしれないけれど、五・七・五・七・七をまずは大事にしたい。
くどう:小説は1冊暗記できないけど、短歌1首なら暗記できる。身ひとつで携えられるのが短歌で、私はそれってけっこういいことだと思っていて。覚えているとあるタイミングでその歌が思い出されて、景色やものに「透明なキャプション」がつくんです。
たとえば、本にある太朗さんの「さびしいときみが言うときさびしさは消えない虹のようでさびしい」っていう歌と出会ってから虹を見ると、「あ、消えるほうのさびしさだ」と感じられる。さびしさに襲われたとき、「ああ、これは消えない虹なのかも」って思えたら、ちょっとかわいくなる。短歌にはそんな効果があるような気がします。
【くどうれいん】
1994年、岩手県盛岡市出身・在住。作家。エッセイに小説、絵本、短歌と幅広く手がける。中編小説『氷柱の声』(講談社)で第165回芥川賞候補に。歌人としてはコスモス短歌会に所属し、第62回桐の花賞を受賞。歌集に『水中から口笛』(左右社)がある。近著にエッセイ集『湯気を食べる』(オレンジページ)、小説作品集『スノードームの捨てかた』(講談社)ほか
【染野太朗(そめの・たろう)】
1977年、茨城県生まれ。大阪府在住。歌人。短歌結社まひる野所属。第一歌集『あの日の海』で第18回日本歌人クラブ新人賞を受賞。2015年Eテレ『NHK短歌』選者。2016年に第二歌集『人魚』(KADOKAWA)、2021年に現代短歌クラッシクス『あの日の海』、2023年に第三歌集『初恋』(ともに書肆侃侃房)を出版。短歌同人誌『外出』『西瓜』同人。『まひる野』編集委員
<文・取材/鈴木靖子 撮影/星亘 ヘアメイク/上杉光美>
〈くどうれいん〉トップ¥28,600 スカート¥43,000/ともにTEECHI(ティーチ info@teechi.jp) シューズ¥42,900/AKIKOAOKI(アキコアオキ TEL:03-5829-6188)