こうしたあかりさんの俯瞰した視点は、いま虐待の渦中から抜け、精神科やカウンセリングを受けたことで会得した部分も大きい。ただ、母から虐待を受けて蓄積されたダメージは、思わぬところで表面化した。
「思えば、高校生の頃から、虐待による影響を自覚していました。よく同級生に対して、悪気なく攻撃的な態度を取ってしまい、相手を傷つけてしまうことがあったんですね。仲の良い友達にも『無能じゃん』などと口にしてしまう癖があったんです。
いま振り返れば、それは母から受けた虐待のせいで、自分の感性が鈍くなっていたのだと思います。母から罵倒され続けたことで、人より痛みや傷つきを感じるハードルが上がっていき、怒りや憎しみといった感情の調節が麻痺してしまった。
それに加えて、無意識に自分の感情に蓋をして虐待に耐えていたことで、余計に感情が鈍くなっていった。例えば、母から『無能』と罵倒されても、いちいち傷つかないように、本当に自分が無能だと思い込むようにする習性がついていました。
そうした思考回路が染み付いていたことに加え、たとえ意図的でないとはいえ両親からのストレス発散という側面もありました。『これくらいなら傷つかないだろう』と、いじりやからかいの範疇でやっていたことが、無自覚に周りを傷つけていました」
筆者がこれまで取材現場で見聞きしてきたなかには、学校でいじめを働いたとされる加害生徒が、実は親から暴力やネグレクトを受けていたケースもある。親から受けた加害を子どもが受け止めきれず、無意識に同級生に向けてしまう。
あかりさんが抱いていた苦悩も、どこかそれに近しいのかもしれない。いまだにあかりさんは虐待の後遺症を吐露する。
「母からの罵詈雑言に対し、『自分が〜〜だから悪いんだ』と納得できる理由を無理矢理探すことを繰り返してしてきたので、いまだに自己否定の癖が治らず、自己肯定感が低くて将来に希望が持てません。何を言われても傷つかないよう無意識的に感情にふたをしてきたので、感情が麻痺していて、他者への共感にも難しさを感じています」

このような後遺症からあかりさんは塞ぎ込みがちになる。
自分が自覚していないところで加害者になり、人間関係でトラブルを起こしてしまうかもしれないーー。そんな恐怖から、他人からの評価や言動を過度に気にしてしまう癖がついた。
「大学生の頃からは、逆に『相手から嫌われたくない』『自分が失望されるのが怖い』と過度に思うようになりました。
あとは親が教育にスパルタで、テストや受験の結果で、自分への態度が変わったのも影響しています。結果主義で、自分があげた成果でしか評価してくれない。そうした家庭環境からも、周りの期待に応えなければいけないと思い込んでは、余計に自分で自分の首を絞めていたと思います。
バイト中にミスをしないよう意識すると、途端に緊張して泣いてしまうこともそうです。あるいは人からの頼みごとを断れなくなり、シフトを多めに頼まれたらそのまま引き受けて、学業と両立できずにパンクしてしまうこともよくありました」
今のままでは、就活もまともにできないのではーー。そうした焦燥感から、あかりさんは精神科の受診を決める。とはいえ、受診には抵抗があったという。
「よく子どもが虐待死したり、ネグレクトされて保護された報道が流れるじゃないですか。ああいうのを見ると、親から受けていたことはあくまで“教育の一環”であり、これに傷ついたり納得していない自分が、わがままで甘えていると思っていました。
つまり、本当に精神科を受診していいのかわからなかったんです。虐待を受けていたのも過去のことで、それが現在にも悪影響を及ぼしているのか判別つかなかったんですね。
それに自分なりに生きづらさを抱えているのに、もし治療の対象外だと知ったら、さらに傷つくだろうということも障壁にもなっていました。意を決して予約しては、何度かキャンセルもしましたが、このままではダメだと言い聞かせて通院につながりました」