また、あかりさんが通院につながったのは、「ACE」という概念を知ったことも大きかった。「ACE」とは、「Adverse Childhood Experience(=逆境的小児期体験)」と呼称される学術用語だ。
定義としては、18歳までに虐待やネグレクト、親の別居や離婚を経験したり、アルコールや薬物乱用、精神疾患や依存症を抱える家族がいる当事者を指す。ACEに該当する当事者は、いわゆる健全な家庭で育った子どもに比べて、精神疾患や貧困、社会的孤立などのリスクが高いというデータもある。
あかりさんは就活で、家庭環境など自身の過去と向き合い、ネットで検索をかけるうちにACEの概念にたどり着いた。
その瞬間に初めて、あかりさんは自身の体験が長期的に悪影響を及ぼし得るものだと確信したという。前述したように、これまでは虐待死などのセンセーショナルな報道を目の当たりにすることで、相対的に自身の境遇はまともであるという錯覚を抱いていた。
しかし、ACEの概念を知り、虐待にもさまざまな背景や程度があると知ることで、自身も被虐待者である認識を持つ。「自分も虐待されたと定義されることで救われた気がした」とあかりさんは振り返る。

こうしてあかりさんは精神科の門を叩く。結果的に、過去の家庭環境の影響が疑われると指摘され、カウンセリングと通院を併用する形で治療を受ける。バイト代から月1万円ほどを捻出し、自身の根本にある傷と向き合う。
「精神科につながれたのは良かったですが、治癒には時間がかかると痛感させられます。
いまは薬を処方してもらっていますが、病名が確定したわけではない。私が抱えている問題が、虐待が原因なのか、それとも先天的な発達障害や気質によるものなのか、カウンセリングや投薬を通じて見極めている段階なんです。
カウンセラーからは、『感情が出る前に無意識に蓋をしてしまっているので、自分の本音に気付けない。いまは、その蓋を開けていく段階です』と説明されました。虐待を受けていた当時は、感情を押し殺すことが生きる術になっていたが、いまでは生きるうえでの弊害になっているのだと捉えています」