「倫理観がない」清純派女優の“二股”展開に批判殺到。それでも目が離せないワケ|ドラマ『冬のさ春のね』
「優しさだけでは満たされない」文菜の独白が暴く“人間の業”
本作が決して恋愛の“正解探し”ではなく、もっと生々しい“人間の業”を描いているという点も見逃せません。SNSでの賛否は、文菜が特殊だから起きるのではない。むしろ、誰もが心の奥底に秘めている「人には言いたくない感情」を突かれるからではないでしょうか。 文菜は、対峙する相手によって態度も喋り方も、そして一人でいる時の表情さえも変えます。それは相手が求める姿なのか、自分がありたい姿なのか、感情をむき出しにせずには向き合えない相手なのか。第2話の終盤、彼女は自らの内面をこう吐露しました。 「ゆきおは本当に優しい。優しいのに、どうしてそれだけでは満たされないのだろう。穴が空いている。その穴が埋まらない。その埋まらなさが寂しさなのか、何なのか。その正体が、自分でも分からない。もはや、人で埋まるものではないのかもしれない」 誰かを簡単に“好き”になっても、その感情の揺れや衝動、自分のことですら分からなくなる人間のリアリティが、恐ろしいほどの解像度で描かれているのです。 一見、不誠実に見える文菜の言動。しかし、自身の矛盾を誤魔化さず、なんとなくで済ませないその姿勢は、ある種、自分に対して極めて“誠実”であるともいえます。人は矛盾を抱え、相手によって顔を変えながら生きるもの。本作が突きつけてくるのは、そんな逃れようのない人間の在り方です。だからこそ物議を醸すし、だからこそ目が離せないのではないでしょうか。 ある意味本作は、誰かと共有して盛り上がるためのエンターテインメントというより、文菜という鏡を通じて、自分自身の“埋まらない穴”と向き合わされるような作品なのかもしれません。 <文/鈴木まこと> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
鈴木まこと
日本のドラマ・映画をこよなく愛し、年間でドラマ・映画を各100本以上鑑賞するアラフォーエンタメライター。雑誌・広告制作会社を経て、編集者/ライター/広告ディレクターとしても活動。X:@makoto12130201
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