「何を演じても“キムタク”」はもう古い?『教場』に見る、木村拓哉が“らしさ”を捨てて手にした「もの」とは
その“オーラ”と“熱量”に触れて、より光る次世代俳優たち
一貫して描かれている“人間の業”が観る者を惹きつける
最後に触れたいのは、『教場』シリーズとしての物語性です。生徒たちがそれぞれに“秘密”を抱え、適性のない者が風間によって容赦なくふるい落とされていく展開はもちろんですが、何よりの見どころは人間の描き方ではないでしょうか。 警察官と聞いて、多くの人が抱くのは「揺るぎない正義」の体現者というイメージかもしれません。身も心も削り、市民の平和を守るために尽力する——そんな崇高な使命を背負った姿です。ゆえに、教場の門を叩く生徒たちもまた、そうした潔白な志を持つ人々だと思われがちです。 しかし、本作が映し出すのは、単なる理想像としての警察官ではありません。描かれているのは、理想を追い求めながらも抗えない、多種多様な“人間の業”そのものです。強さだけでなく、弱さも情けなさも、生徒たちがある種すべてをさらけ出し、丸裸にされていく人間ドラマにこそ、私たちは惹きつけられているのではないでしょうか。 ====== 劇場版『教場 Requiem』では、第205期生たちが抱える闇や秘密が暴かれるなかで、風間の右目を奪った因縁の相手・十崎波琉(森山未來)との事件に決着がつくと思われます。超豪華な卒業生たちとともに、どんなラストを迎えるのか――見逃せそうにありません。 <文/鈴木まこと> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
鈴木まこと
日本のドラマ・映画をこよなく愛し、年間でドラマ・映画を各100本以上鑑賞するアラフォーエンタメライター。雑誌・広告制作会社を経て、編集者/ライター/広告ディレクターとしても活動。X:@makoto12130201
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