
※イメージです(以下、同じ)
心理的DVにより、家庭のなかに絶対的な支配関係があった。心理的DVと児童虐待が密接に結びついていたことで、優里は結愛ちゃんを守ることができなかったのでは――。杉山氏はそう振り返る。
夫婦の関係に歪み――激しい支配とコントロールが生まれたのはなぜか。その背景を辿るため、2人の馴れ初めから振り返りたい。
優里は最初の夫とは、手記によれば経済状況が不安定だったことにより、結愛ちゃんが2歳のときに離婚している。以来、シングルマザーとして、香川県のキャバクラで働きながら結愛ちゃんを育ててきた。
そこで出会ったのが、勤務先でボーイとして働いていた雄大だった。
優里が元夫のことを話すと、雄大は親身に話を聞いてくれた。結愛ちゃんのことを可愛がってくれて、数ヶ月後には一緒に暮らし始めた。この頃の雄大は、優里が友人と外出するときは結愛ちゃんの面倒を見てくれることもあったという。優里は雄大に惹かれていく。
「優里は子育ても含め、全体的に自分に自信がなかった。一方、雄大は8歳も年上で、東京の大学も出ていて、大手の会社に勤務したこともある。人脈も広く見え、育児についても教えてくれる。そうしたところから、2人の間に心理的なDVにつながる力の上下関係が作られていきました」(以下、杉山氏)
しかし一転、2人が2016年4月に結婚した直後から、雄大の心理的DVが始まった。雄大が虐待を振るう背景は後編で詳述するが、しつけがエスカレートして、手が出るようになっていった。
同年11月、2人の間に息子(結愛ちゃんからみて異父弟)が生まれると、雄大の結愛ちゃんへの暴力は激しくなった。結愛ちゃんは香川県では2度、児童相談所に一時保護されているが、どちらも数ヶ月で解除され家に戻っている。
一家が香川から目黒区へ移り住んだ2018年1月頃からはさらに虐待が苛烈さを増し、朝4時に勉強をさせる、モデル体型にしたいという理由から過度な食事制限をするといった厳しいルールの中で生活させ、できなければ激しい暴力をふるった。結愛ちゃんを風呂場で全裸にして殴打することもあったという。
手記によれば、結愛ちゃんが衰弱していく姿に耐えきれず、優里は隠れてチョコレートや菓子パンを与えた。亡くなる数日前から寝たきり状態になると、添い寝しながら看病しては、亡くなる前日に一緒にお風呂に入った時はあまりに痩せ細った姿を直視できなかったと綴っている。
しかし、そこまでの極限状態に至っても、結愛ちゃんを病院に連れて行ったり、雄大のもとを離れる選択はしなかった。むしろ「私の教育が悪い」と自責し続けたという。
杉山氏はその背景について次のように解説する。
「DV支援の現場でよく言われているのは、『心理的DV』とは“支配とコントロール”だということです。相手の価値観でしか、現実を捉えられなくなってしまいます。
優里は、雄大から『児相や医師は仕事で指導しているだけで、娘の将来を本気で考えているのは自分たち』と言われると、彼が言うことを正しいと思ったと話しています。
もちろん雄大の教えがすべて正しいと信じてはいなかったものの、長時間にわたり説教をされると、彼の考えが身体の中に入ってくるように盲信してしまったと。雄大からの支配とコントロールにより、正常な判断力を奪われ、洗脳状態に陥っていたとみています」
結愛ちゃんの反省文を優里が一緒に書いていた事実も、この依存関係を象徴していると言えるのかもしれない。
穏やかで喧嘩のない“よい家庭”を築きたい、“よい母”になりたいという願望。そこに、自信のなさがあり、夫の言動こそが正しいという思い込みがあり、心理的なDVを受け続けたことで物事の捉え方が極端に偏ってしまう「認知の歪み」が積み重る。それにより、娘を守る行動をとることができなかったのではないか。