――それ以前から芸能の仕事はされていたんですよね。
アヤカ:はい、20歳の頃から始めました。その時は学生で栄養士の仕事に就くことが決まっていたんですが、卒業までの期間は好きなことをやってみようと思い、福岡のモデル事務所に「オーディションやってますか」って突撃したんです。

福岡でモデルをしていた頃
その後は本格的に所属することになり、九州地方にある銀行のイメージキャラクターを務めたり、テレビCMや舞台などを中心に活動していました。同時に食育インストラクターやホームヘルパー、ネイリストなどの資格も取っていて。もし芸能で失敗しても誰にも頼らずに生きていけるように、という気持ちでした。
――九州地方から全国区の活動に拠点を移すことになったきっかけは?
アヤカ:東京への憧れは元々ありましたが、2012年のミス・ユニバース・ジャパン九州大会でベスト4に入ったことが大きな転機でした。結果に悔しさを感じる一方で、自分の可能性も感じて東京進出を本気で考えるようになりました。
ただ当時23歳だったため、年齢制限で東京の事務所オーディションを受けられず断念……。金銭面の不安もあり、最終的に全国展開する大手プロダクションの福岡校に通うことを決めました。
そんな時、テレビ局のプロデューサーに「君はガッツがある」と誘われ、九州の朝の情報番組でリポーターやMCを約3年間務めました。28歳の時にフリーランスになり、ついに上京。そのタイミングで先ほどの“博多弁動画”の話を貰い、YouTube広告の仕事に繋がったんです。

「アサデス。」(九州朝日放送)リポーター時代
――そこから快進撃が始まるんですね!
アヤカ:最初の頃はYouTube広告を作ってる会社が少なかったこともあり専属契約だったんですが、終了後は様々なクライアントさんや代理店さんからお問い合わせをいただくようになりました。新規もリピートも多く、スタッフさんには「同じ広告で何度も同じ人が起用されるのは珍しい」とよく言われますし、自分自身も不思議です。