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「夫が半年帰らず離婚」経営者の妻から一転、養育費も途絶。シングルマザーが絶望のどん底から這い上がれたワケ

心療内科や友人の力を借りながら、徐々に前向きに

 心療内科に行き、すがる想いで、1か月間精神安定剤を飲み、運良くその薬が合っていたこともあり、今まで当たり前になっていた自分の不安やマイナスの考えにフォーカスすることが少なくなり、心に余裕が出てきたそうだ。それを機に、徐々に周りが自分に伸ばした助けの手に気づけるようになったという。 「離婚直後は、人に会いたくないとなっていたのですが、安定剤によって生まれた余裕を通して、周りの人が心配してくれてた言葉が、自分に届くようになってきました。そうして人に悩みを相談したり、人の意見を聞けるようになった時に、知り合いに言われたんです。『やめたらここで終わりだよ』って。 厳しい言葉でしたが、もとの自分に戻ってしまいそうな自分に喝を入れてくれた言葉だったと今では思います。あとは友人とかが食材の差し入れをくれたり、子ども服のお下がりをくれたりとかしてくれて、その時本当に救われた思いが、今の子ども支援のベースになっています」  その厳しい言葉や周りの温かな支援を通して、結婚していた頃の自分の姿を客観的に見ることにもつながったそうだ。 「夫に家にお金を入れてもらう、そして自分は家庭を守るというそれまでの当たり前が崩れると自分には自分を守るためのものが何もないということに気づきました。ここから1から立ち上がって、自立するために何か見つけないといけないなと。 離婚から1年前には自分で飲食店を立ち上げていましたが、元夫の会社の人が食べにきたりで賄えていた部分もあって、積極的に営業活動をしていなかったんです。自分の中にあったそういう甘い考えを正面から突きつけられた感覚もありました」

「帰ってきたくなる家」を心掛けた

支援活動の様子 家賃も払えず、お店も赤字が続いて、これ以上借金も増やせないという地獄の日々の中で、それでも若林さんは唯一、心に決めていたことがあったという。それは、子どもに一度も泣き言を言わずに、子どもの前ではいつも笑顔で過ごすということだ。 「離婚など、親の都合で一番傷ついているのは子どもだろうなと思っていたので、私が子どもの前で、常に笑って過ごせるようにしていました。父親がいなくてもちゃんと楽しく、みんなで笑ってる家庭。帰ってきたら明るい状況、笑い声が常に響いてる状態、帰ってきたくなる家を心がけていました。親が安心して笑っていると、子どもも安心できるだろうと考えていました」 そんな若林さんの姿を見ていたからか、3人の子どもたちは一切、「寂しい」や「悲しい」などの泣き言を言ったことがなかったという。だが、数年後に次男に当時の話を聞いた時、思わぬ本音が出てきたそうだ。 「次男はパパっ子だったので、パパは外国に出張してるからと言って騙してたんです。元夫が大荷物を抱えて家を出ていく姿を、次男がちょうど廊下に出ていて見ていたそうなんですが、次男は普通に帰ってくると思って夜中まで廊下で待ってたみたいなんです。そんな寂しい思いをしていたのに、私には何も言わずに、みんな私を助けてくれました」
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離婚後のパターンは2つに分かれる
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