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バイク事故で両手両足マヒ。車いす生活19年の男性が「自分の足で世界一周」に挑み、272段の階段で叶えた夢

「おまえ、甘ったれているな」と言われて前向きになる

――ご自身の足で世界二周目旅を終えた三代さんですが、18歳のときに事故に遭ったときはどんな状況だったのでしょう? 三代:18歳になったばかりの冬、ガソリンスタンドでアルバイトをした帰り道にバイクで乗用車と正面衝突しました。
事故でグシャグシャになったオートバイ

事故でグシャグシャになったオートバイ

 ふくらはぎはちぎれかけ、眼内はコンタクトレンズがバリバリに破れましたが、もっともショックだったのは頸髄の損傷です。身体の自由をほとんど失い、指や足には大きな障害が残りました。それまで当たり前にできていたことが、ある日突然できなくなったんです。  もともと明確な将来の夢があったわけではありませんが、人生が一度すべてリセットされたような感覚でした。「これからどう生きていけばいいのだろう?」と、先の未来をまったく想像できなくなりました。
交通事故に遭い、頸髄を損傷した

交通事故に遭い、頸髄を損傷した

――車いすの生活になると知ったときはショックだったと思います。その状態から現在のように前向きになれたきっかけを教えてください。 三代:静岡県伊東市の重度障害者センターで、後に“師匠”と呼ぶことになる先輩と出会いました。彼は自分と同じ頸髄損傷者です。  それまでの自分は食堂へ自力で行けるのに、看護師さんに食事を持ってきてもらったりしていました。その様子を見た師匠から「おまえ、甘ったれているな」と言われたことが、すべて周囲の人に頼る生活を見直すきっかけになったんです。 「チャンスは足元にいくらでも落ちている」という師匠の言葉に背中を押され、初めて電車での一人帰省にも挑戦しました。東京駅で母と再会した瞬間、できることが一つ増えるだけで世界は広がるのだなと実感しました。  この経験が、人生を前向きに歩み始める原点になっています。

ハワイでは自分の障害が特別視されなかった

――海外旅に目を向けるようになったきっかけを教えてください。 三代:23歳の頃、職場の同僚から「夏休みにハワイでも行ってみたら?」と何気なく勧められた一言が挑戦のきっかけでした。  海外経験も英語力もなく不安ばかりでしたが、株式会社エイチ・アイ・エスの担当者に「車いすでもハワイに行けますよ」と背中を押され、初めて海外一人旅を決意しました。  準備の仕方もわからないまま担当者に質問を重ね、勢いのまま旅へ踏み出すこととなりました。バリアフリー面の不安は大きかったですが、今では挑戦して本当に良かったと感じています。  ハワイのビーチは車いすでも海辺まで行けるんです。そんな整備された環境に触れ、バリアフリー面での日本との違いに大きな衝撃を受けました。
車いすで海辺を歩く三代さん

車いすで海辺を歩く三代さん

 街には“入れる店”が当たり前にあるし、障害を意識せず行動できる自由を初めて実感しました。  深夜のバーで出会った外国人男性から、「なんで車いすに乗ってるの?」とストレートに質問されたことも印象深いです。そのナチュラルなやり取りからは、私の障害が特別視されない心地よさを実感しました。 「踊ろうぜ」と誘われ、「車いすだから無理だよ」と答えると「なんで俺たちと同じように踊ろうとしてるんだ? 音楽に合わせて体を揺らせばいいじゃん」と言われました。その言葉で自分の価値観は大きく変わりましたね。  仲間として迎え入れられる時間を送っている最中、私は自分の障害を一度も意識していませんでした。ハワイでの経験は世界との向き合い方が変わる大きな転機となったんです。
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