土壁でもゴミ屋敷でもかまわない【シングルマザー、家を買う/7章・後編】

⇒【前編】はコチラ  そこで目に入ってきたのは、赤茶色でさわるとポロポロとおちてきてそうな、土壁。  あなたは見たことがあるだろうか、内見で土壁を。  土壁はさわるとポロポロと落ちて来る。さすが築35年。風情が溢れている。溢れかえっている。実家と同じ団地ということは、だいたいの間取りや、住み易さは分かっているはずだが、この土壁は初めて見た。実家や、同じ団地に住む同級生などの家は何度かのリフォームを重ね、いまや普通の綺麗な壁紙で包み込まれている。だからこそ、その中にこの土壁がいることを、私は知らなかったのだ。すいません、土壁先輩。  ということは、この家はずっと建てたときから同じ状態を保っているだ。この土壁は、壁紙に一度も触れることなく、オイルショック、ピンクレディーの解散、バブルのジュリアナ東京、そしてバブル崩壊、コギャルの台頭、ミレニアム、などすべてを見渡してきたのだ。居間のテレビを通して。なんて感慨深いんだろう。  ノンリフォーム! ということは、この住居はバージンなのだ。

はがれかけた土壁、奥の部屋にはゴミの山

 35年も処女を守り続けてきた家は驚くほどアルミのキッチンが変色し、資料になりそうなふすまの壁紙も健在である。そしてなによりも存在感を出しているのがこの土壁だ。暗い。暗いよ! 土壁! なぜ、昔の人は土壁に色をつけようとしなかったのか。まだ昼過ぎなのにとても暗いよ!  心の中でひとしきり土壁に突っ込んだ後、気分を変えて奥の部屋に足を踏み入れてみた。すると、他の空間とはまったく異なる綺麗な8畳の部屋が目の前に広がった。どうやら、このオタク青年はこの8畳だけで生活を終始させていたらしい。ほかの2LDKは放置。もったいない! さらに大学生の男子らしく、ゴミ処理が苦手のようで、さらに奥の6畳の部屋は全部ゴミ袋で埋まっているのだ。おぉ……これは噂のゴミ屋敷ってやつかね?  柔軟性が高く、マイノリティなことも比較的受け入れが早いことだけが取り柄の私もさすがに顔をしかめると、ラガーマンが私をそっと外に連れ出した。  そこでしっかりドアをしめると、かなり小さな声で、でもはっきりとこう言ったのだ。 「リフォームすれば綺麗になります。いまは、箱単位で考えてください!」  おぉ、なるほどな。その通りだよな。それって、ブサイクな男性を見合いに連れてこられて、 「安定してますから! 見かけにだまされないでください! 磨けば光りますから!」  と同義に聴こえたのは気のせいなのだろうか。

私は一生、ここで暮らすのだ

 そこで部屋に戻った私は心の中のスカウター(『ドラゴンボール』の“気”を測る機械)を装着し、とにかく部屋を見回した。ここで重要なのは土壁、ゴミ屋敷、自由に飛び回る小バエではない。ましてや、真っ黒にさび付いたキッチンでもない。広さと安さだ! 箱だ!  そう。この家のまわりのことは何でも知っている。目を瞑ったって駅まで行ける。娘が通っている保育園までは歩いて5分だ。外に出れば知り合いに会い、向かいには両親も住んでいる。そうだ! 箱だ!  あまり嗅いだことのない香りと、小バエと、はがれつつある土壁に囲まれて、私は言った。 「ここにします」と。  緑に囲まれた80平米、3LDK。  築35年だからこそ、価格は1290万。  階段なしの4階。  いろいろ不便はあるが、私には贅沢なほどの箱だ。  ここには私と娘、息子の夢と希望が詰まっていく。  よし、ここにしよう。私は一生、ここで暮らすのだ。  そんなこみ上げる思いを胸に振り返ると、ラガーマンはひと言、こう言った。 「さぁ、これからが正念場ですよ」  え・・・、何が始まるの!? <TEXT/吉田可奈 ILLUSTRATION/ワタナベチヒロ> ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】 【吉田可奈 プロフィール】 80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、音楽ライターを目指し出版社に入社。その後独立しフリーライターへ。現在は西野カナなどのオフィシャルライターを務め、音楽雑誌やファッション雑誌、育児雑誌や健康雑誌などの執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。座右の銘はネットで見かけた名言“死ぬこと以外、かすり傷”。Twitter(@singlemother_ky) ※次回更新は2月11日を予定しています。
吉田可奈
80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、音楽ライターを目指し出版社に入社。その後独立しフリーライターへ。現在は西野カナなどのオフィシャルライターを務め、音楽雑誌やファッション雑誌、育児雑誌や健康雑誌などの執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。著書『シングルマザー、家を買う』Twitter(@knysd1980
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