オークションは人を狂わせる【シングルマザー、家を買う/14章・後編】

⇒【前編】はコチラ

まさかの延長戦

 そして訪れた、オークションの締切日。終了予定時刻の22時の10分前にPCの前に座ると、すでに価格はなんと10万円まで値上がっているではないか! もうドキドキが止まらない。  私の予算は“できるだけ安く”なのだ。もはや、“できるだけ安く”がいくらなのかわからない。でも、この戦いには絶対に勝ちたい! そんな想いで11万円の入札をすると、画面には「まだ最高入札金額にはなりません」と出るではないか。そこで15万円を入れてみると、私が最高入札者になった。  すると2分後、さらにヤツが16万円という値段を投下してきたのだ! そこで私は思いきって17万円に値上げると、ヤツは1000円ずつ入札をしてきた。 「そんなちまちました戦いにトドメを刺してやる!」  もう白目になりながらPCのキーボードを思い切り叩き、5000円を入力した。その時、21時59分。しかし、同じタイミングで18万円と打ち込んだらしいヤツが最高入金に。そこで負けたくない私は20万円と打ち込んだ。20万円ってもはや高くないのか!? 金銭感覚が狂うなか、もう、負けたくないという気持ちだけで戦う私……。  すると、なんとヤフオク側は5分の延長を始めたのだ! どうやら、最後に争っていると延長されるらしい。なんだ、そのシステム! もう私とう○この戦いは、一向に終わる気配がない。気づけばヤツは25万円と打ち込んでいるではないか! 「なんだこいつ! 金持ってるじゃないかぁぁぁぁ!」 シングルマザー、家を買う 2 私の叫びに娘と息子も飛び起きてくる。「どうしたの?」と聞く娘に、「ごめん、ママいま、一世一代の戦いしている途中だから!」。2人にかまうことなくPCにかじりつく私の空気を読んだのか、娘はじっと私をみつめ、「がんばってぇぇ!」と声援をくれる。なんてできた娘なんだ!  しかし、そんななか、ヤツは容赦のない攻撃を私に吹っかけてくる。悩みぬいて入札した26万円を飛び越えて、35万円というカードを切ってきたのだ。  もう、私にはなすすべがない……この試合は負けるしかないのだ。35万円を出したのなら、IKEAやニトリの新品が買えてしまう。人間、引き際も大事だ。  私は涙をグッとこらえ、このシステムキッチンを敵に譲る決心をし、そっと両手をひざに置いた。  そうだ、我を失ってはいけない。私がここで35万円を出して、この戦いに買ったとしても、手持ちの金額を大幅に失い、人生の戦いに負けることになってしまう。  娘は脱力して動けなくなった私に、無情にも「勝った? 勝ったの!?」と結果を聞いてくる。しかし、負けたとは言えない。 「ママ、次の試合するから!」

よく知らないお嬢様を口説き落とす

 気持ちを切り替え、次の標的となるシステムキッチンを探した。この第2戦目で大事にしたのは次のことだ。 ●すでに落札時間が迫っていること。 ●ギリギリまで入札しないことで、競争相手の勝負心を無駄に刺激しないこと。  息を整え、あらためて検索をかけると、同じようなタイプのシステムキッチンが最初から18万円で表示されている。しかも、残り時間はあと10分で、入札している人も誰もいない。  たしかに、最初からこの金額だと、他の子に目移りするのもわかる。高嶺の花より、親しみやすい子のほうが実際にモテることをこれまで現実社会でたっぷり見てきたではないか。しかも、最終的にそのモテていた女子のほうが将来的に幸せになることも人生経験で知っている。さきほど逃したキッチンは、そのタイプだろう。でも、この子はもとから育ちがいい。きっと、その理由で最初から値段が高いのだ! よし、入札だぁぁぁ!  もはやキッチンを擬人化しすぎてよくわからなくなるという、あまり判断力のない状態、かつ残り5分という状況で入札したこの子は、すんなりと私が落札することができた。  しかし、あまりに最初のキッチンに夢中になっていたため、このキッチンのことを理解しないまま落札している。果たして、これは大丈夫なのだろうか。いや、きっと大丈夫だ。  ……しかし、届いたキッチンは、教えてもらっていたサイズより5cmも長かった。完全に注意不足。よく知りもしないお嬢様を口説き落としてしまったのだ。  よって、大工さん、大慌てである。「ちゃんとサイズ教えたでしょ~!」と怒られながら、苦肉の策でキッチンの隣の部屋を5畳から4畳半に変更することとなってしまった。おかげで、我が家は無駄にキッチンが広くなった。 シングルマザー、家を買う 3 もし、キッチンをヤフオクで買うという特異な状況に陥った人にアドバイスするなら、経験者として、とにかく落ち着いて入札することをおすすめしたい。  ……オークションは計画的に! <TEXT/吉田可奈 ILLUSTRATION/ワタナベチヒロ> ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】 【吉田可奈 プロフィール】 80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、音楽ライターを目指し出版社に入社。その後独立しフリーライターへ。現在は西野カナなどのオフィシャルライターを務め、音楽雑誌やファッション雑誌、育児雑誌や健康雑誌などの執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。座右の銘はネットで見かけた名言“死ぬこと以外、かすり傷”。Twitter(@singlemother_ky) ※このエッセイは毎週水曜日に配信予定です。
吉田可奈
80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、出版社に入社、その後独立しフリーライターに。音楽雑誌やファッション雑誌などなどで執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。長男に発達障害、そして知的障害があることがわかる。著書『シングルマザー、家を買う』『うちの子、へん? 発達障害・知的障害の子と生きる』Twitter(@knysd1980
Cxense Recommend widget
シングルマザー、家を買う

年収200万円、バツイチ、子供に発達障がい……でも、マイホームは買える!

シングルマザーが「かわいそう」って、誰が決めた? 逆境にいるすべての人に読んでもらいたい、笑って泣けて、元気になる自伝的エッセイ。

あなたにおすすめ