「クロワッサンになります!」子供の純粋さは最高の救い【シングルマザー、家を買う/16章・後編】

⇒前編はコチラ  それを聞いた娘のパァっと輝いた顔は今までにないくらい可愛らしかった。しかも、プリキュアはほとんどのシリーズが変身できることを口外してはいけないというオプションまで付いている。そのおかげで、どうやら娘は、苗字が変わった理由も口外してはいけないと思ったらしいのだ。  ……こ、これは都合がいい。将来、その間違いに気づいた時にちゃんと修正しようということにして、この日はとりあえず話をやめることにした。だって、今の時点で大事なことは全部伝えたのだから、もう十分である。

名義変更プロジェクト、始動

 次の日から、すべての持ち物は以前の苗字から“よしだ”に書き換え、登園した。当時通っていた保育園の先生は気を使ってくれたらしく、娘に何も触れなかったらしい。それがまた、娘の好奇心を刺激したのだ。 「ねぇ、ママ! やっぱりへんしんしたことはみんなにもないしょなんだね! せんせいもきづかなかったよ!」  そう嬉々として話す、娘の純粋な心にどれだけ救われたか! もう難しいことは後回しでいい。とりあえず、今は娘がどう楽しく生きるかが大事なのだ。

再びの“へんしん”

 そして、その夜。一緒にお風呂に入った娘は、いきなり湯船から立ち上がり、 「わたし、へんしんします!」  と叫んだのだ。 「おぉ、そうだよね。“よしだ”に変身したんだよね」と聞くと、首をブンブンと振り、違うというのだ。そして、右手を高く上げて、声高らかに叫んだ。 「わたし、きょうから“さとうクロワッサン”になります!」 シングルマザー、家を買う/16章・後編  え? クロワッサン!?  もう頭のなかは“?”しかない。そもそも佐藤じゃないし。吉田だし。それにクロワッサンって響きもあまりに変化球過ぎて芸人とかにちょっといそうだし。でも、この想像力の豊かさは伸ばさなくてはいけない! そう思い、必死に笑いを封じ込め、「じゃぁ、弟の名前はどうなるの?」と聞くと、また湯船からザバンと立ち上がり、 「さとうメガネです!」  と叫んだのだ。いや、息子、メガネかけてねぇし……!  その個性、あまりにも、あまりにもである。しかし、当の息子はそんな姉を見て、“パチパチ”と嬉しそうに手を叩いている。なんだか楽しそうだ。もういいか、それで。いや、いいとしよう。  それにしても、娘にとって名義変更という名のへんしんは、どうやら一大イベントであり、とてもポジティブな出来事だったようだ。彼女の“名義変更プロジェクト”に乗っかり、次の日から娘の名前を「クロワッサン」と呼ぼうとすると、それは阻止された。 「あれは、ないしょのなまえだから!」  そうか。そうだね。それがいい。あなたの本当の名前は「よしだ」だもんね。 <TEXT/吉田可奈 ILLUSTRATION/ワタナベチヒロ> ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】 【吉田可奈 プロフィール】 80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、音楽ライターを目指し出版社に入社。その後独立しフリーライターへ。現在は西野カナなどのオフィシャルライターを務め、音楽雑誌やファッション雑誌、育児雑誌や健康雑誌などの執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。座右の銘はネットで見かけた名言“死ぬこと以外、かすり傷”。Twitter(@singlemother_ky) ※このエッセイは毎週水曜日に配信予定です。
吉田可奈
80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、出版社に入社、その後独立しフリーライターに。音楽雑誌やファッション雑誌などなどで執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。長男に発達障害、そして知的障害があることがわかる。著書『シングルマザー、家を買う』『うちの子、へん? 発達障害・知的障害の子と生きる』Twitter(@knysd1980
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