最大のテーマ“感情のコントロール”/中邑真輔インタビューVol.3【プロレス女子の手記・最終章】<後編>

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――レスラーは試合ごとにテーマがある、というのをよく耳にします。

中邑真輔(1)中邑:そうですね。非常に意識しますね。意図した通りにはいかないことのほうが多いですけど、だからってやめられない。そうじゃない自分を見せたところで、なんのためにやってんですか? という話ですよね。……って、プロレスラーに講義しているみたいですけど、大丈夫ですか?(笑) この間、女性のレスラーにアドバイスを求められて、こういう話をしましたよ。

――わたしも女子プロに憧れているんです。リングで戦っているときの気持ちを味わってみたくて。

中邑:ああ、ハイハイ、分かります。僕もプロレスラーになりたいと思ったのは、獣神サンダーライガーが東京ドームの長い花道を颯爽と歩いてくるときに、「カッコいい! 歩きたい!」と思ったんですよ。あそこを歩くにはレスラーになるしかないんだ、という。あんな華やかなステージを歩いて、今から戦いに行くなんて、なんてカッコいいんだろうと思ったんですよね。中学生くらいのとき、テレビで観たんですよ。京都の田舎だったので、東京に行くことすら遠さを感じていましたね。

――子供の頃からプロレスファンという中邑選手にとって、プロレスを観る楽しさとは?

中邑真輔(2)中邑:プロレスって、小さい子供からお年寄りまで観るわけじゃないですか。許容範囲が広い。子供も大人も楽しめる。そこで触れる言葉や知識で、一般教養を覚えました。アナウンサーの前口上から国語的な表現を学んだりとか。僕の頃は辻よしなりさんですね。他にも、プロレスを知っていないと楽しめないギャグがあったり。当時流行っていたある漫画に出てくる卓球の上手いお婆さんが、「卓球界のカール・ゴッチ」と書いてあって(笑)。それはプロレスを知らないと笑えない。僕の周りの奴はみんなプロレスが好きだったから、爆笑していましたけれど。

――プロレスの他に、絵を個展に出品したりブランドとコラボしたりと、アートの方面でも活躍されていますが、プロレスとはまた違った楽しさなのでしょうか?

中邑:絵を描いたり、プロレスをやったり、プライベートがあったり、いろいろな一面がありますけども。でも結局全部、中心は自分自身なので。なりたいようにバランスを取っていく、という感じですね。リング上で表現するときも、あまり仕事として分けて考えてはいないです。プロレスをしているときもプライベートも、共通して自分です。演じようが演じまいが、自分自身がリアルなので。すべてをリンクさせて生きていますね。

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 中邑選手の取材を終えて、今年1月から始めたこの連載【プロレス女子の手記】をここで着地しようと思った。聞きたいことはすべて聞けた。それに、素人がいつまでも書ける分野ではないのだ。ずっと風当たりは強かった。しかし、今回で最終回。そう決めた瞬間、寂しくてたまらない。

「プロレス。自分にとってはこれ以上ない喜び。好きなことをやるっていうのは、楽しいことばっかりじゃない。嬉しさ、悲しさ、悔しさ、もどかしさ。それをすべて含めて、俺はプロレスで生きていると思う。こんな俺ですが、応援してくれる奴らがいる。もう一度言わせてほしい。ありがとう」(中邑真輔/2011年8月14日・両国大会)

『中邑真輔デビュー10周年記念DVD』を繰り返し再生している。リングで何度も立ち上がる中邑選手をぼんやり眺めながら、プロレスラーは強いなあと、涙が止まらない。

<取材・文/尾崎ムギ子 撮影/タカハシアキラ>

尾崎ムギ子
体当たり系取材を得意とする赤毛の汗かきライター。東京生まれブルーハーツ育ち。ロックな奴はだいたい友達
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