なぜ日本人は、やたらと「制服女子高生」にこだわるのか
一方で、8月18日に放送されたNHK「ニュース7」の貧困女子高生特集に対して、「貧困じゃないだろう!」「NHKの捏造だ!」という批判がネットで展開され、本人が特定されて私生活を晒されるという炎上が起こりました。本当に「制服」「女子高校生」というアイコンに対して並々ならぬ情熱を燃やす人々がこの国にはあるようです。

コラムニスト、勝部元気さん
「制服」や「女子高校生」にこだわるのは、何もネット社会の住人だけではありません。日本では女子高校生がターゲットではない企業のCMでも、なぜか制服姿の女子高校生を起用することが少なくないですよね。
同様に、官公庁のポスターでも“清楚な”雰囲気の制服姿の女子高校生がモデルに使われているケースが散見されます。もはや「日本に男子高校生はほとんどいないのか!?」と疑うレベルです。
制服姿の女子高校生を起用する理由に「クリーンなイメージを持たせたかったから」と考える企業や官公庁も多いようなのですが、「制服姿の女子高校生=クリーン」と脳内で勝手に変換していることにビックリしませんか? どことなく純潔主義や処女崇拝のような匂いすら感じますよね。「それはあなたの脳内妄想でしょ!」と叫びたくなります。
結局、制服姿の女子高校生がここまで多用されるのは、純潔主義や処女崇拝をこじらせたおじさんたちにとってそれが一種の萌えであり、性癖だからだと思うのです。

誤解しないで頂きたいのですが、「性癖」というのは何もポルノ的な意味だけではありません。
たとえば、テレビ等で女性アスリートにだけ「どこにでもいるような女の子の姿がそこにはあった!」のような演出をするのは、どこにでもいるような女の子の姿にホッコリ感を覚えるおじさんの性癖ですし、「高校野球の女子マネージャーが自己犠牲で頑張る姿!」のような話を美談のように感じるのも、男性を裏で支える献身的な女性にグッと来るおじさんの性癖です。
一人で脳内妄想をしているだけならまだしも、「自分の性癖を堂々と公の場でさらけ出そうとしないでくれ」と思ってしまいます。