銘菓の老舗には赤福パイセンのようにほぼ一点張りのところもあるが、春華堂は、ほかにも多数の商品を出している。
その中に「
お菓子のフルタイム」と呼ばれる、知る人ぞ知る、知らない人は浜松市民でも知らない謎の詰め合わせがあるという。
「お菓子のフルタイム」は「夜のお菓子はあるのに、朝と昼はないのか」という、ツイッターだったら「クソリプ」と言われる、お客様の声から生まれたセットだそうだ。
まず
朝のお菓子は「すっぽんの卿」だ。
春華堂は健全会社と言ったが、さすがにコレはわざとじゃないだろうか。しかし、春華堂はすっぽんの菓子を出しただけでそれ以上何も言っていない。すぐソッチを連想するこちらが悪いのだ。つまり「試されている」のである。
なぜ朝のお菓子かと言うと「食欲のない朝でもサクッと食べられる」という意味らしい。
「
食欲ないから、軽くすっぽんでいいよ」となる奴はそうそういない気がする。おそらく調子が良い時は朝から牛一頭ぐらい食ってる奴向けなのだろう。
ちなみに形だけでなくちゃんとすっぽんスープも配合されているようだ。
ここで「朝からそんなに元気になってどうするの」などと言った奴は負けである。
昼のお菓子は「しらすパイ」だ。
ここで「さては朝とか昼とか関係ねえな」と気づいたわけだが、このしらすパイは砂糖をかけた甘口と、わさびをきかせた辛口がある。つまり、甘口と辛口を交互に食べれば永遠に食えるということである。恐ろしいことだ。
真夜中のお菓子「うなぎパイV.S.O.P」の真夜中っぷり
そして夜のお菓子は我らがうなぎパイなわけだが、お菓子のフルタイムはここで終わらない。延長戦、むしろここからが本番だ。
一時、うなぎパイ界隈を騒然とさせた
「真夜中のお菓子」こと「うなぎパイV.S.O.P」満を持して登場である。
「うなぎパイV.S.O.P」とは。
芳醇な香りとマカダミアナッツとゴマの香ばしさ、水の変わりに生クリームと牛乳を使用、さらには
ブランデーまで入っているという贅沢品。まさにうなぎパイを超えた最高級うなぎパイなのである。
と、担当が添付してきた資料に書かれていた。そしてその後に「お送りしてない菓子について長々と説明してすみません」と添えられていた。
そう、担当から贈られてきたうなぎパイはスタンダードなもので、「うなぎパイV.S.O.P」は入っていなかった。つまり、ただ猛烈に食べたくなっただけである。
その代わりなのか、うなぎパイの他に「
うなぎボーン」という商品が入っていた。うなぎの骨を揚げて味付けした、カルシウム満点のおつまみである。
そして担当の手紙には「見た目が抜殻っぽくてカレー沢さんが食べれるか心配なのですが」と書かれていた。
多分そう言われなかったら「抜殻っぽい」などと思わずおいしく食べることができた。
「夜のお菓子」や「すっぽん」が狙ってやってるかはわからないが、担当は間違いなく狙っているので、こちらも負けずに奴の心臓や眉間を狙おうと思う。
<文・イラスト/カレー沢薫>
【カレー沢薫(かれーざわ・かおる)】
1982年生まれ。OL兼漫画家・コラムニスト。2009年に『
クレムリン』で漫画家デビュー。自身2作目となる『
アンモラル・カスタマイズZ』は、第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。主な漫画作品に、『
ヤリへん』『
やわらかい。課長 起田総司』『
ねこもくわない』『
ナゾ野菜』、コラム集に『
負ける技術』『
もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃』『
ブスの本懐』などがある