要介護5の神足裕司さんと妻・明子さんが、今日も笑顔でいられる理由
実家に帰省し、親の老いを目の当たりにしたとき。あるいは、夫が健康診断で再検査となったとき。「親が認知症になったら?」「夫が倒れたら?」「そのとき、私は!?」なんてことを考えたことはないでしょうか。
「病気は人生を変えてしまう。自分だけでなく家族の生活さえも。本当に恐ろしいものだ」
これは、コラムニスト・神足裕司さんの最新刊『コータリンは要介護5 車椅子の上から見た365日』(朝日新聞出版)にある一文です。
神足さんは2011年9月にくも膜下出血で倒れ、2度にわたる大手術の末、奇跡の生還を果たします。左半身麻痺、高次脳機能障害を患う身となりましたが、リハビリを続け、コラムニストとして復活。現在も絶賛執筆活動中です。
本書は朝日新聞に連載中(毎週日曜朝刊)のコラムをまとめたもので、最新福祉機器の紹介やリハビリのこと、常に寄り添い続ける家族との日常、周囲への感謝の思いが綴られています。
神足さんの病気によって、確かに一家の生活は変わったのでしょう。でも、本書を読んでいても、「介護」という言葉からイメージされがちな先の見えない絶望感はみじんも感じません。妻の明子さんをはじめ、家族みなが明るくおおらかなのです。
例えば、がんの入院治療のためにリハビリがストップして麻痺が悪化。ほぼ寝たきりで介護食しか食べられない状態にもかかわらず、退院直後に「楽しみにしていたから」と京都旅行を決行したり(小型ミキサー持参で)。
神足さんが自室で車椅子からずり落ちてしまい、妻の明子さんも元に戻せず、二人で寝転びながら、ゲラゲラと大笑いしたり。
実は記者自身、母(認知症で要介護1)を遠距離介護中。母の小さな失敗にイライラし、そんな自分にイライラし……そんな、わが身を振り返ってつくづく思うのです。どうして、笑顔でいられるのか? どうして、優しくいられるのか? 妻の明子さんに話を聞きました。
――正直、ホントのところ、イラッとすることってないんですか?
明子さん:例えば、裕司は寝返りが打てないので、夜中2回ぐらい起きて、体位を変えてあげるのですけど、そのとき、尿漏れを見つければ、「ああ、睡眠時間が30分なくなった……」と思いますよ。
でも、そんなとき、話せないないはずの裕司が急に「今、シーツまで替えなくてもいいよ」なんて言うんです。せつないでしょ? きっと、「イヤだなぁ~」っていう思いが顔に出ちゃったんだなって、そこで気づかされるんです。
また、疲れて、夜中1回しか寝返りを変えられない日があっても、決して文句を言わない。寝ている姿勢が固まってしまって、本当はつらいはずなのに、何も言わないんです。
――せつないです……。
明子さん:裕司の場合、言葉を失い、怒りの感情もほとんどありません。彼が何を思い、何を考えているのかはこちらが感じ取らないといけないんです。
相手は文句を言わないのですから、見て見ぬふりをして放っておいてもいいし、世話をしようと思えば24時間必要だとも言える。良し悪しですが、結局、どのぐらい頑張るかも私次第なんです。
今では、「ああ、これやらないと死んじゃうな」というのが目安になりました。そう考えてもやらなくていいことは実際少ないわけですが、やらなくていいことも明確になります。赤ちゃんと同じです。我ながら、おそろしいですけど(笑)。
――ものすごい境地です。
コラムニスト・神足裕司さんと、おおらかな家族
本当にイラッとすることはないんですか?
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