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不妊クリニックが言わない「顕微授精」のリスク

リスクを知ったうえで選択を

Q:アメリカ疾病対策予防センターの調査をもとにした研究で、生殖医療で生まれた子どもは、通常に比べて自閉症スペクトラムになるリスクが2倍――といった論文がありました(※)。日本ではなかなか耳にしませんが、本当はどうなのでしょうか。 赤ちゃん黒田:顕微授精のリスクに対する認識は、欧米では定着している一方で、日本においてはその危機管理意識が極めて乏しい現況です。先程も申し上げましたが、欧米では、顕微授精児の先天異常率が自然妊娠に比べて高いことを述べた論文が多数報告されています。  また日本でも、厚生労働省が「生殖補助医療による出生児に関する大規模調査」を行い、人工操作(顕微授精・長期体外培養・胚凍結)を加えるほど、出生時体重が増加することを報告しました。この点に関しても詳細は不明ですが…心身ともに健康に大きく生まれているのなら問題ないのですが、そうではなくて、遺伝子の発現を調節する仕組みに異常が生じた結果である可能性が指摘されています。  しかし、日本における顕微授精の危機管理意識は極めて低い現況にあります。 不妊治療Q:現在、不妊に悩んでいて、これから不妊治療を受けようと考えているカップルに、顕微授精を受ける際のアドバイスがあれば教えてください。 黒田:この記事で繰り返し述べたように、一般に「精子の状態が悪いから顕微授精しかありません」…と説明されていますが、私が専門とする精子側から見ると この説明では不適切です。  安全な顕微授精をするには、精液の段階では精子の状態は極めて悪かったが、高精度な方法で精子を選別して細かく精子機能の精密検査を行った結果、この精子ならば穿刺しても安全だと判断された場合で、しかもほんの極少数しか確保できなかった場合に限られます。  精子の状態が悪いから即、顕微授精しましょう…ではなく、まず精子機能の精密検査を受けて、精子の品質が顕微授精に用いても安全なレベルか否かを見極めてから、治療方針を決定することをお薦めします。 ******* 「医療介入が100%安全である」と言い切れないことは解っていましたが、私が「顕微授精にリスクがある」と知ったのは2015年のことでした。  ところが、なぜか厚生労働省はもちろん、日本産科婦人科学会でも、また日本の多くの不妊治療を専門に行っている医療機関でも、顕微授精のリスクをほとんど伝えていないのが現状です。  取材を進めていくと、「顕微授精は安全でリスクはありません。それよりも顕微授精で生まれた子ども達の運動能力はいいですよ」など、取材の質問の趣旨と異なる回答が返ってきたことがありました。  しかし、黒田先生のような精子の専門家の見解から判断して、顕微授精にトライするかどうかをご自身が決めなければならないでしょう。  不妊治療の色々な情報がある中で、健康な赤ちゃんを授かるためにも、親となる夫婦側も正しい知識を身に付けていくことが大事ということです。  また、不妊治療のゴール=出産ではありません。生まれてきてからの方が大切なのです。生まれてくる赤ちゃんが健康に、幸せに生きていけることも同時に考えていくべきではないでしょうか。 ※●アメリカの権威ある学術誌「American Journal of Public Health」(2015年5月)に掲載された論文「生殖補助技術と自閉症の関連性」。コロンビア大学のピーター・ベアマン教授がアメリカ疾病対策予防センターによる大規模な疫学調査をもとに行った研究。 ●また、米医学誌『JAM』(2013年7月3日)に掲載された論文では、スウェーデンで出生した250万人を10年間追跡調査した結果、顕微授精は体外受精に比べて、自閉症や知的障害リスクが高まることが報告されている。 【黒田優佳子(くろだゆかこ)医師】 医学博士。慶應義塾大学医学部、同産婦人科学教室大学院卒業。ヒト精子研究の第一人者。東京大学医科学研究所研究員、女性初の慶大産婦人科医長を経て、2000年 自身の基礎研究に基づいた最先端の知識と技術を駆使した不妊治療を実現するため、独立。現在、黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長 <取材・文/ジャーナリスト・草薙厚子> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
草薙厚子
ジャーナリスト。元法務省東京少年鑑別所法務教官。著書に『ドキュメント 発達障害と少年犯罪 』『本当は怖い不妊治療』『となりの少年少女A』など多数
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