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「たかがペットの死」と言われて…悲しみを1人で背負う飼い主たち

16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vol.16>

 心理カウンセラーの木附千晶さんは、16年一緒に暮らしたゴールデン・レトリーバー「ケフィ」を2017年4月に亡くしました。ケフィはメニエール病などと闘い、最後は肝臓がんのために息を引き取ったのです。前後して3匹の猫も亡くし、木附さんは深刻なペットロスに陥ってしまいます。自分の体験を、心理カウンセラーとして見つめ、ペットロスについて考えます。

ケフィ

木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」

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 以前、この連載記事に「少しずつ衰えていくペットと向き合い続けることは、飼い主にも負荷がかかる。そんな苦しい時間を過ごすくらいなら、『きっと大丈夫』と現実を否認したり、逆にあきらめてしまったほうが楽に感じることも……」と書いたことがあります。

 明らかに今までとは違うケフィの様子を目の当たりにしながら、「老犬になればみんなこんなもの。何しろゴールデンの平均寿命は超えているんだから」と言い聞かせていた2015年初冬の頃の私が、まさにそうでした。

「事実を受け入れない」ことで、心を守る人たち


 私はカウンセラーをしていますので、「否認の力」を目の当たりにすることは珍しくありません。目の前で起きているのに決して見ようとせず、現実に起きている(起きた)ことなのに受け入れない……そうやって心を守ろうとする能力が人間にあることは、それなりに分かっているつもりでした。

 でも、自分自身がまさかそういう状態におちいっているとは気づけずにいました。おそらく看病や介護をしている飼い主の方の多くも同じ体験をしているのではないでしょうか。勤務先のカウンセリングルームで隔月に開催している「ペットロスセミナー」で、お互いの気持ちや体験を共有したとき、次のような話がありました。

海とケフィ

2009年石垣島にて。ケフィは海が大好きで、毎年訪れるのが恒例行事だった。

「他の人から『(犬が)ものすごく痩せた』と言われ、元気だったときの半分以下の体重になっていることにようやく気づいた」

亡くなった後に抱き上げてみてはじめて『こんなに軽くなっていたのか』と驚いた

 端から見れば、体重や外形などは最も分かりやすい変化のはずです。しかも、いつも一緒にいて、だれよりもその体調を心配しているペットのことなのですから、気づかないはずがありません。にもかかわらず、死の直前もしくは亡くなった直後まで、体重の変化に気づかないのです。それほどにまで「愛するペットが去っていく」という事実は受け入れがたいのだと改めて気づかされました。

 そして、こうしたいろいろなことを「見過ごしてしまった」という後悔や「気づいてあげられなかった」という罪悪感が、「もっとやってあげられることがあったのではないか」という思いを強め、ペットの死後、その喪失感をさらに大きなものにしてしまっているような気もしました。

ペットの死を嘆く場がないという問題


 ところが、ペットの喪失について語ったり、その感情を受け止めたりしてもらえる場が、世の中にはほとんどありません。セミナーの中でも、私同様「たかが動物ではないか」という心ない言葉に傷ついた経験があったり、「『ペットが死んだくらいで』と思われることが分かっていたから、だれにも気持ちを話せなかった」という方が少なくありませんでした。

テニスボールとケフィ

一生懸命、テニスボールを集めるケフィ。遊びも大好き。

 もし、亡くなったのが人間だったら……そんなふうに言われることはないはずです。

 一般社団法人ペットフード協会の2017年「全国犬猫飼育実態調査」によると、人間と暮らしている犬猫は1845万頭で、1553万人にまで減った子どもの数(総務庁2018年5月5日発表)を上回っています。そんな「ペット大国」と言われる日本でありながら、動物というだけで命が軽んじられ、その死を悼(いた)み、嘆くことすら許されないというのですから、ほんとうにびっくりです。

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ペットとの「永遠のつながり」が感じられる場を

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