Lifestyle

Vol.3 “家族が得意じゃない”から離婚した30代男性「なにげない幸せがわからない」

「ダメでした。いくら子供の顔を見ても、前向きな責任感とか、沸き立つような愛情とか、そういう強い感情が生まれてこない。世に聞く“この子は俺の遺伝子を受け継いだ俺の子だ!”みたいな高揚感みたいなものをまったく感じなくて。……僕は欠陥人間でした」  当然のことながら、母親である優子さんは橋本さんに父親の役割を――精神的にも、家事分担的にも――求めてくる。しかし橋本さんはそれに応えられない。夫婦仲は目に見えて悪化していった。 「いま離れて暮らしている9歳の息子のことは可愛いと思います。ただ、僕が息子を可愛いと思えるようになったのは、息子にある程度自我が芽生えてきて、人としてなにか面白いことを言いはじめてから。妻に対してもそうなんですが、ただ無条件に家族であること自体に幸せを感じる、ってことがどうしてもできませんでした」  寮生活で橋本さんが悟った、「他人と交わった気になっても、本当に交わることなんてできない」「人は結局ひとり」が思い出される。 「それでわかったんです。ああ、僕は“家族が得意じゃない”んだと」

一生の苦痛か、一生の十字架か

一生の苦痛か、一生の十字架か 息子さんが1歳になったばかりの時に、橋本さんは離婚を申し出た。優子さんは、たとえ両親が不仲でも息子のために離婚は絶対に避けるべきだと抵抗する。しかし橋本さんの決意は揺るがない。 「その当時も依然として冷戦状態だった自分の両親のことが頭をよぎりました。不仲な両親の姿なんてものを子供に見せるわけにはいかない。それに僕自身、ごまかしごまかし結婚生活を続けたら、いずれ母のように人生の取り返しがつかなくなる。怖かったんです」  3年の別居を挟み、離婚。当然、息子さんは優子さんが引き取った。橋本さんは養育費の支払いに加え、生活力のない優子さんのためにローンでマンションを購入し、離婚成立と同時に優子さんに譲渡(!)。橋本さんの人生設計は大きく狂った。それから5年たった今も、橋本さんは罪の意識にさいなまれている。 「妻子には当たり前の幸福を与えることができませんでした。一生背負う十字架です」  気立てが良くて優しい妻、健やかに育つ息子、仕事も順調。他人から見れば、何ひとつ不満のない家族のはず。しかし、“家族が得意じゃない”橋本さんにとってそれは、多額の金銭的負担と一生の十字架を引き受けてでも避けたい種類の苦痛だった。橋本さんは離婚を決意した当時の心境を思い出して、こうつぶやいた。 「この苦痛が一生続くと思うと……すぐにでも逃げ出したくなったんです」  現在、橋本さんは父親と断絶状態にあり、数年来口をきいていないという。そんな橋本さんは母親の側につき、有利な条件で父親と離婚できるよう弁護士に相談中である。 ※本連載が2019年11月に角川新書『ぼくたちの離婚』として書籍化!書籍にはウェブ版にないエピソードのほか、メンヘラ妻に苦しめれた男性2人の“地獄対談”も収録されています。男性13人の離婚のカタチから、2010年代の結婚が見えてくる――。 <文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>
稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga
1
2
3
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ