「いせひでこさんの作品には、常に“他者への共感”があるんです。子どもやいじめられっ子の犬、生前は不遇だった宮沢賢治やゴッホ、被災者の方々……。それでだけでなく、動物や木々まで、あらゆる“いのち”を分け隔てなく大切に思っている。その優しさが、文章からも絵からもにじみ出てきて、読み手それぞれの心に深く残ります」 　と、絵本作家・いせひでこさんの魅力を語るのは、長野県安曇野市にある「絵本美術館　森のおうち」の酒井倫子館長。アカマツ林の中にあるこの小さな建物は、信州大学病院で臨床検査技師として25年間勤めてきた酒井館長が「自分が集めた大好きな絵本を、多くの人と共有したい」という思いで、1994年4月にオープンした美術館です。 　森のおうちでは現在、「いせひでこと森のおうちの20年　絵本原画展『見えない蝶をさがして』」が10月2日まで開催中。最新作の『見えない蝶をさがして』(平凡社)の原画や、2004年に出版した『絵描き』(平凡社)、2000年に出版した『1000の風　1000のチェロ』(平凡社)の原画などが展示されています。 　いせさんはスケッチの旅を重ね、そこでの出会いや経験などをもとにした創作活動もしています。東日本大震災の被災地にもスケッチ帖を携えて赴き、宮城県亘理郡の吉田浜に横たわるクロマツと出会ったいせさんは、4年近くにわたってその絵を描き続けました。 　また、福島県飯館村の子どもたちとも、絵を描くことで交流を続けています。いせさんの作品には木や子どもをテーマにしたものが多く、最新作の絵本『見えない蝶をさがして』(平凡社)でも、多くの木が描かれています。 　13歳からチェロを弾き続けているいせさんは、チェロにまつわる絵本の作製や、チェリストとして阪神淡路大震災や東日本大震災復興支援の1000人のチェロ・コンサートにも参加しています。 　そんないせさんの“あらゆるいのちへの共感”を、この原画展では存分に味わうことができます。 　森のおうちといせさんとの関係は、約20年前にさかのぼります。 「森のおうちはこれまで、命の大切さと平等を訴える宮沢賢治の世界観をモットーに、多くの宮沢賢治にまつわる絵本の展示を行ってきました。その展示を行う中で、いせさんの描いた『よだかの星』にとても感銘を受け、『ぜひ自分の美術館で展覧会をさせてください』とラブレターを送ったんです。まったくツテはありませんでしたが、とにかく『あなたの絵が大好きです』という思いを手紙に込めて」（酒井館長） 　そのラブレターがいせさんの心を動かし、1998年に「二つの風の又三郎絵本原画展」として小林敏也さんといせさんの展覧会が実現しました。そこから20年間、いせさんと森のおうちの親しい関係が続いています。 　原画展では、いせさんと酒井館長がやり取りした手紙や、今までの原画展のポスターなど、20年間の交流の歴史も見ることができます。 「絵本は、開く時の精神状態で変わります。開くたびに新しい発見があるんです。一瞬で消えてしまうものではなく、何度でも読み直すことができるのが絵本の素晴らしさ。森のおうちに来た方には、それぞれがそれぞれの感じ方をしてもらえたら良いなと思っています」（酒井館長）