3年ほど別居の末、吉村さんと奈美さんは離婚。吉村さんは現在も養育費を払い続けている。今年息子さんは9歳になった。
「親子3人でLINEのグループを作っていて、関係は良好です。ただ、息子にはまだ両親が離婚したことをちゃんと伝えていません。
息子にとって僕は『△△(筆者注:吉村さんが住んでいるマンションの最寄り駅名)にいるお父さん』なんです」
離婚直後の吉村さんは、自己実現を優先して家庭づくりを放棄し、幼い息子を抱っこしてやれなかった自分に父親の資格はないと思い詰めたという。息子さんが成長した時、自分は父に捨てられたんだと悲しむのではないか?
であれば、父親は死んでしまったことにしたほうがよいのではないか? そう悩んだそうだ。
「でも何かの本で読んだ、ある広島の被爆者の方のお話で考えが変わりました。戦時中、その方の家族のうちお父さんだけが満州にいたそうなんです。その方は被爆して市内を歩き回り、家族の消息を探していたんですが、街のひどいありさまを見て、たぶん家族は皆死んだだろうと思った。
だけど満州にいる父だけは生きている。そのことがものすごく救いになった、と綴っておられました」
吉村さんは続ける。
「僕にはその話が、たとえ一緒にいなくても息子にとっては、この世界に自分と血のつながった父親がいるというだけで、いつか必ず彼の支えになる。だから『お前は絶対に父親の役割を放棄するな』と言われているような気がして。
どんなにダメな父親であれ、僕は父親の役割を引き受けようと決意したんです」
吉村さんは、定期的に息子さんと会い、今では2人で一緒に旅行することもあるという。
「子供ってすごいなって、息子に会うたびつくづく思います。よく世間で『親の愛情は無条件』みたいなことが言われますけど、あんなの嘘ですよ。
本当に無条件なのは、子が親に向ける愛情です。こんなにひどい父親なのに、この子はこんなに愛情を向けてくる。もう本当に、ありがたいとしか言いようがありません」
かつて“できちゃった婚のヤンキー”をバカにしていた吉村さんは、もうそこにいなかった。息子さんだけでなく、吉村さん自身も離婚によって成長したのだと思いたい。
※本連載が2019年11月に
角川新書『ぼくたちの離婚』として書籍化!書籍にはウェブ版にないエピソードのほか、メンヘラ妻に苦しめれた男性2人の“地獄対談”も収録されています。男性13人の離婚のカタチから、2010年代の結婚が見えてくる――。
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>
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