「謎解きはタグを切った後で」ーー鈴木涼美の連載小説vol.6
男子は坊主、女子はおさげ、という規則を作っている学校は多いが、我が校の規則は男子も女子も短髪。肩に髪がかかってはいけないというルールはかなり厳密に運用されていて、女子の場合も短めのオカッパかショートカットにするように指導されます。髪が肩にかかる長さになると、体育の時間や遠足などで髪を結ぶ必要が出てくるので、指定のもの以外の私物を持ち込むことを嫌う学校が、ヘアゴムやシュシュなど派手なものが流行ることを未然に防止しているわけです。以前はおさげ髪を許可していたこともあるのですが、やはり結ぶヘアゴムを凝ったものにする生徒がおり、また授業中に髪の毛を結び直したりする子どもも目立ったのですぐに取りやめになりました。
当然、バレエを習っている子は他にもたくさんおりましたから、彼女だけ許可するわけにはいきません。しかし、彼女の家庭の考え方は髪の毛は身体の一部であるということで、また一般的な日本人の子どもと違い、カールが強く髪質も絡まりやすく、短くしていると余計にクセが強く出るため、まとめ髪にしたい、と母親からも強く頼まれました。その時海外にいた父親からも手紙をもらうこととなり、こちらとしては苦しい状況です。
結局私は、髪を伸ばすことを許可する代わりに、学校に来る時は真っ黒のヘアゴム以外一切使わないこと、学校で結び直したり毛先を気にしたりしないで良いように、朝はしっかりつよくお団子にしておくことを約束させたのです。ただ、きついお団子を作るにはヘアピンが必要で、ヘアピンをつけていると体育の時間などにそれが取れることもあり、またどうしても休み時間に髪が緩んでトイレで結び直していることもあったようで、他の生徒からは非難が集まりました。自分もバレエをやっていて発表会もあるのに我慢している、という子どもに対して、彼女にだけ許可している理由をどのように説明できるでしょう。せめて彼女が学年で一番の成績でもおさめてくれれば説明もつけようがあります。しかし彼女が得意だったのは美術と国語の感想文くらいで、他は芳しくありません。
規則を破る生徒を許容するということは毎日あらゆる角度からのそういった訴えに備えて想定問答を用意し、ずるいとかおかしいとかいう不満と対峙し、当の生徒に謙虚でいさせるために目を光らせる、そういうことなのです。仁義を通されることほど面倒なことはありません。勝手に破ってくれれば、「規則を破った」こと自体を責めて叱り、それを認めることはしないでいいのですから。
父母会で度々問題になったこと、クラスの女子から嫌味を言われたことを理由に、結局彼女は米国移住を理由に学校を辞めてしまいました。彼女が退学すると分かった瞬間に、クラスで髪型を変えたいと唱える者はいなくなりました。結局、子どもの考える自由なんて、誰かがやっているんだから私だってやりたい、という程度のものなのです。
誰かの髪が肩につくこともなく、そのクラスが四年生に上がっていき、新しく受け持つことになった一年生たちは、10歳に近くなっていた前のクラスの子どもたちと違って、まだ学校の規則が新鮮で、面白がっているように見えます。髪を切ることに、定期入れや弁当箱のサイズまで指定されることに、特に疑問を抱かず、5月までにクラス全員でつくる鯉のぼりの鱗を、誰もが線からはみ出さずに塗っていました。鯉の鱗のかたちなんて、私だって知らないけど、お手本通りに、線の内側に緑色やブルーのクレヨンで色を入れていく子どもたちはなんだか愉快で可愛らしく見えます。
サトウさんのテーブルクロスについて私が彼女のお母さんと話をしたのは、ちょうどその頃でした。
サトウさんのテーブルクロスについて私が彼女のお母さんと話をしたのは、ちょうどその頃でした。


