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「謎解きはタグを切った後で」ーー鈴木涼美の連載小説vol.6

 手作りを指定していても、正直誰が作ったかどうかは学校では知り得ないので、必ずしも母親が最初から最後まで作っている家庭ばかりではないでしょう。それはもう仕方がないのですが、母親と一緒に布や刺繍を選んで作ってきた者は、そうでない者にありがちな不備を目ざとく見つけます。おそらく昨日の女子も、へそ部分をどんな刺繍にするか、母親と相談しながら決めた経験があったからこそ、他のひとのへそ部分が気になったのだろうと思います。それをわざわざ私のところに告げ口にくるのは、人間というのはそもそも自分の強さや人の弱さを誰かに伝えなくてはいられない、意地悪で汚い生き物だからです。優等生というのはその汚さを隠そうとしない人種なのです。  翌朝、私はサトウさんが席にいるのを確かめてから近づき、連絡帳があるかどうかを尋ねました。学校指定のショルダーバッグを開けてノートを取り出した彼女は、丁寧に一番新しく書かれたページを開いて私に差し出しました。もっとも新しい文字は私が昨日、彼女の母親に向けて書いたもの。そのかわり、そのページに金属製のクリップで封筒が止めてありました。私は連絡帳を彼女に返し、封筒とクリップを持って教壇に戻りました。教壇で手紙を開けるのは気が引けたので、生徒たちが音楽室に行っている3時間目に職員室で手紙に目を通すことにしました。  手紙には時節の挨拶などなく単刀直入に、イチゴ柄のテーブルクロスはよく見ると背景が大きな格子柄に色がついており、その格子を上下左右から数えればマークがなくても中心がどこかわかるはずだということ、指定のものが多い中でせっかく手作りをするのだから、多少の個性を認めたらどうか、ということ、私が時間割の読書の時間に最初に選んだ「はなのすきなうし」と「ちびくろさんぼ」が如何に素晴らしいか、ということ、素晴らしい本を選ぶ先生に担任になってもらって幸せだということ、ぜひ一年生の間にエッツを、三年生になったらカニグスバーグを扱ってほしいということなどが書かれていました。 「はなのすきなうし」も「ちびくろさんぼ」も、私が個人的に好きなわけではなく、毎年開かれる春の会議で、図書室の司書、学年主任、国文が専門の老教員などと相談して課題に選ばれたのです。三年前も全く同じ本が選ばれていたので、正確には特に変更なし、ということが決まっただけですが。  昼食時間、私は自分のお弁当を開ける前に、生徒たちを刺激しない程度に教室の中を歩き、サトウさんのテーブルクロスを見てみました。たしかに、格子柄の左右で言えば2つ目、上下で言えば3つ目の角を中心に合わせれば、どの辺の余りも同じだけの長さになるようにはなっていました。しかしなぜか、その中心部から縦に大きくずれたところにカラーマジックで歪な丸印がつけられていました。母親の手紙の文面から、それがお母さんによって付けられたものではないのは分かりました。  テーブルクロスの中心からずれた、とても中途半端な場所に付けられたマジックの印は汚れにしか見えませんでした。それでも、母親が必要と主張する「個性」や学校の規則への母親のスタンスに対する、小さな子どものアンチテーゼは、叱責するにはあまりに拙く、私は教壇に戻って自分の昼食に集中することにしました。 <文/鈴木涼美 撮影/石垣星児 挿絵/山市彩>
鈴木涼美
(すずき・すずみ)83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、『おじさんメモリアル』(小社)など。最新刊『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』(集英社)が発売中
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