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「謎解きはタグを切った後で」ーー鈴木涼美の連載小説vol.6

 給食の出ない我が校の昼食は、生徒も教員も自宅からお弁当を持ってきます。食べる場所は普段授業を受けている教室の、普段使っている自分の席ですが、昼休みに限って机4つをくっつけさせて、4人1組の班を作らせます。もちろん、食卓を意識した形で、4人の生徒はそれぞれ、生花、花瓶、テーブルクロスと台拭き、急須セットを週ごとの交代制で自宅から持ってくることになっており、自分がその週に何を持ってくるのかを把握していないと、班に花が二種類もあるのに花瓶がない、班の全員が急須がなくてお茶が飲めない、という事態に陥ります。  人に迷惑をかけることをわざと学ばせる仕組みなのですが、親に裁縫をさせる機会としても機能しています。テーブルクロスや急須、花瓶、そしてそれらを入れる布袋は大きさや柄の制限こそあれ、購買で指定のものは販売していないので、母と子どもで一緒に買い物に行き、急須を選び、布を選び、紐や糸を選び、自宅でとなりに座って針仕事をしてもらう。我が校に調理実習や裁縫の授業がないのは、火や針などでトラブルを起こさないようにするためでもありますが、それらは自宅で学んでもらうことだ、という校長の考えにも基づいています。  昼食の時間が終わり、片付けをしながらひと時の休憩時間に差し掛かった頃、クラスで後ろのほうに座る女子がわざわざわたしのところにやってきて「サトウさんの持ってきたテーブルクロスにへそがありません」と訴えました。彼女に連れられるように右奥の班のテーブルの上を見ると、たしかにイチゴ柄のテーブルクロスには、中心がどこかを知らせる印がついていません。私はあえて班の全員が席に座っている状態で、サトウさんに聞いてみました。 「テーブルクロスの作り方のプリントは持って帰りましたか」 「持っています。大きさもそれに合わせています」 「つくるのにどれくらいかかりましたか」 「わかりません」 「お母さんがプリントを読んで作ったのですか」 「そうです」 「布はどこに買いに行きましたか」 「忘れました」 「一緒に作りはしなかったのですか」 「わかりません」 「この柄は誰が選んだのですか」 「わたしが選びました」 「糸は何色を使いましたか」 「わかりません」  生徒には日付蘭と文章欄がある簡易な連絡帳というノートを持たせています。その日、私はサトウさんの連絡帳にテーブルクロスがずれるのを防止するために、へそ部分に刺繍でマークをつけて欲しい旨、母親宛の連絡事項を書きました。実は先週、急須を入れる袋が、既製品の袋のタグを丁寧に糸から外したものだった時にも、私は連絡帳に指定の大きさを手作りで作ってもらうように書いていました。その時は、東京から引っ越したばかりでどうしても手作りの時間が設けられず、すみませんが今週は既製品で勘弁して欲しい、という簡単な返事が返ってきました。三週間空けて次回急須の当番になったら手作りのものを持たせます、と。その時はサトウさんの弁当箱も、手作りの袋ではなく大きなバンダナに包んでいる状態でした。  正直、それについてはもう心配はしていませんでした。イチゴ柄のテーブルクロスは見たところ手作りです。弁当袋も布製のいかにも手作りのものに変わっていました。おそらく、花瓶の袋、急須の袋とともにすべて業者かおばあちゃん、あるいは知り合いに頼んでまとめて作ってもらったのでしょう。
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マジックでつけた汚い×印
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