「今のうちだけよ、両親に孫をしょっちゅう見せてやれるのは」

「すると妻の両親は、『私たちならいいのよ、できることなら手伝うから』と。いや、話の論点が違うんですと言っても、『やっぱり初孫は特別かわいいね』と言われてしまう。
しかたがないので、妻とふたりきりのときに、どう考えているんだと尋(たず)ねたら、『子どもが幼稚園に行くようになったら、あんまり実家に行く時間もとれないだろうから、今のうちだけよ、両親に孫をしょっちゅう見せてやれるのは』と言う。いや、オレたち家族はこのままだとうまくいかなくなるよと言っても、そんなことはないと、いなされて……」
とはいっても、妻の実家は自宅から歩いても15分程度。自宅のマンションを購入するとき、妻の実家から頭金を出してもらった手前もあって、ヒロユキさんも無理強いはできない立場なのだという。
「それとこれとは別だとは思うんですが、やっぱり妻が実家大好きだと夫婦関係をきちんと築くのは、むずかしいですね。妻が僕の実家に来たのは数えるほどですよ。うちも電車で30分足らずなんですけどね」
両親を大事にする素敵な女性が、自分の家族も大事にしてくれるとは限らないのだ。

戦後民法では、結婚は成人男女両性の意志のみによって成立することになっている。家同士ではなく、個人の意志だ。
それなのに、いまだに結婚によってお互いの家族に巻き込まれることもある。
「3年前に結婚したんですが、彼女は頑(かたく)なに結婚したくないと言い張っていたんですよ」
そう言うのはテツヤさん(36歳)。2歳年下の妻・カオリさんとの間に、まだ子どもはいない。
「つきあって半年くらいで一緒に住むようになって2年たったところで、結婚したいと言ったんです。そうしたら嫌だ、と(笑)。彼女はひとり娘だったので、自分の家族に僕を巻き込みたくないし、僕の家族にも巻き込まれたくない、と。
今の状態でなぜいけないのかと聞かれました。理由はなかったけど、彼女とずっと一緒にいたかった。それだけなんだと答えました」
それなら結婚という制度に乗る必要はない。ふたりの愛情だけで関係を作っていけばいいとカオリさんは言った。
「もちろんそうなので返す言葉もなかった。だけど僕はやはり世間に認められたい、夫婦として公の場にふたりで行きたいと思った。すると彼女は、じゃあ、お互いの家族に巻き込まないという約束をしないかと」
「僕たちふたりがうまくやっていくのがいちばんだから」

たとえば正月などはそれぞれの実家に帰る、自分の家族に何かがあったとき相手に頼らないなど、いくつかの項目を彼女は紙に書いた。
「だけどたとえばあなたの親に何かがあったとき、僕は助けたい、力になりたいと思うよと言ったら、時間と状況が許せば助けてもらうこともあるかもしれない、ただ、それを強要はしないことと彼女は書き加えた。
「なんだか冷たいなあとも思いましたが、考えてみれば自分の親と相手の親、どちらが大切かと言われればお互いに自分の親が大切なんですよね。それが本音。
だからそれぞれが自分の親を大切にしていけばいいんじゃないかという彼女の考え方は合理的だと、今では思っています」
彼女自身は親との確執もあるようで、めったに実家には帰らない。かといって彼の実家に同行することもほとんどない。
「彼女は仕事を含めた自分の人生を、もっともっと楽しみたいタイプなんですよね。親子関係というものに対する考え方にも温度差がある。話していてそう思います。
だから僕は、彼女に自分の親と関わってほしいとは思わなくなりました。僕たちふたりがうまくやっていくのがいちばんだから」
ここまで達観してくれれば女性側も気楽である。だがなかなかこういう男性が増えないのは、やはり「結婚したら女性が男性側の名字を名乗ること」が多く、男性側からすると、「うちの籍に入ったような感覚」になってしまうことも関与しているのではないだろうか。
個人と個人の意志のみによる結婚が当然になるのは、まだまだ先の話なのかもしれない。
<文/亀山早苗>
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