死刑判決を受けて「バンザイ!」と叫んだ23歳女性―たったひとりで国家と闘った金子文子を、没後100年で映画化した理由|浜野佐知監督✕菜葉菜・対談
金子文子という女性を知っているだろうか。1903年に生まれた無政府主義・虚無主義を主張した活動家だ。彼女はもともと無戸籍者として育ち、9歳のときに植民地だった朝鮮にひとりで送られ、祖母に引き取られたが凄絶な虐待を受けた。
16歳で内地に戻され、17歳でひとり上京、苦学しながらさまざまな政治思想や哲学を探求、ついには虚無主義にまで行き着く。そんなとき出会った朝鮮人の朴烈と「不逞社(ふていしゃ)」を組織、日本の帝国主義や植民地主義を批判する活動を開始する。だが、関東大震災の際に身柄を確保され、皇太子に爆弾を投げようとしたでっち上げの罪を着せられ、大逆罪で死刑判決を受ける。
映画『金子文子 何が私をこうさせたか』は、逮捕されたあとの121日間を、文子が何を考え、どう生きたのかを追った、浜野佐知監督渾身の作品である。その浜野監督と、文子を演じた菜葉菜さんに話を聞いた。
――もうじき(2026年2月28日より)公開される『金子文子 何が私をこうさせたか』ですが、今の思いを聞かせてください。
浜野:映画が仕上がって10ヶ月くらいたつんですよ。今年が文子の没後100年なので、それに合わせて公開したかったんです。公開までずいぶん時間があるなと思っていたけど、意外とあっという間で、時間が足りないくらいでした。
菜葉菜:私もあっという間だと感じていました。試写を重ね、こうやって取材をしてもらえる期間もあってよかったかもしれませんね。私自身、金子文子のことをまったく知らなかったから、同じように知らない人たちに観てほしい。どう感じてもらえるのか興味があります。
――映画は、13歳の文子が植民地の朝鮮で自殺を思いとどまるシーンの後、金子文子が予審尋問で、職業を聞かれて「現に在るものをぶち壊すのが私の職業です」と言うシーン、さらに死刑判決を受けて、不遜な笑みを浮かべながら「バンザイ!」と叫ぶシーンから始まります。観客は最初から一気に引き込まれます。
浜野:クランクイン初日は、冒頭の13歳の文子が朝鮮で入水自殺を決意するところ。そして翌日が菜葉菜さんの撮影初日で、予審尋問、大審院で死刑が言い渡されるところなどを撮りました。スケジュール的にそうなってしまったんですが、菜葉菜さんにとってはキツかったかもしれません。いきなり映画の核心となる重要なシーンからの撮影でしたから。
菜葉菜:私も自分の撮影初日が来るまで、不安でたまらなかったんです。でも予審尋問のシーンでセリフを言い始めたら、あとはごく自然に出てきた。どう演じるかなんてほとんど考えず、いくらでも文子として腹から言葉が出てくる。自分でも不思議でした。
浜野:菜葉菜さんを見て、うわあ、文子だと思いましたよ(笑)。菜葉菜さんの中から文子が立ち上がってくる。どんなシーンでも「あっ、文子が出たっ!」と感じる瞬間がありました。私にとっては「菜葉菜文子」がそこにいた。金子文子を映画にするなら、菜葉菜さん以外は考えられなかったんですが、見事に応えてくれました。
浜野:菜葉菜さんとは、『百合子、ダスヴィダーニャ』(2011年)でロシア文学者の湯浅芳子という実在の人物を、『雪子さんの足音』(2019年)では小野田さんというフィクションの人物を演じてもらったんですが、菜葉菜さんの芝居を見て驚きました。役になりきる俳優さんは多いけど、菜葉菜さんは演じる人物を完全に自分の中にいれて、内から出してくる。しかも、作品のテーマについて議論ができる。そこは根本的なところとして外せないし、2本の作品で信頼関係もできていると思っていました。
菜葉菜:私は監督に出会って16年、撮影だけではなくてときどき一緒に食事をさせていただいて、いつも励まされたり勇気をもらったりしてきました。監督ほど自分に忠実で勇気ある女性はいない。その監督が、金子文子をと言ってくださるのはうれしかったんですが、本を読んだり資料をあたったりすればするほど、あんなに過酷で凄絶な人生を送った女性を、なんだかんだ言っても恵まれた時代に生きている私が演じられるのかと不安でした。彼女の魂の叫びを、私が説得力あるセリフとして出せるのか、背景がにじみ出るような芝居ができるのか……。
でも監督は細かいことは何もおっしゃらない。「大丈夫、あなたの文子でいいの」と言うばかり。迷って悩んで、わからないことは脚本の山﨑(邦紀)さんに尋ねたりしていたんですが、なかなか確信がもてなかった。
16歳で内地に戻され、17歳でひとり上京、苦学しながらさまざまな政治思想や哲学を探求、ついには虚無主義にまで行き着く。そんなとき出会った朝鮮人の朴烈と「不逞社(ふていしゃ)」を組織、日本の帝国主義や植民地主義を批判する活動を開始する。だが、関東大震災の際に身柄を確保され、皇太子に爆弾を投げようとしたでっち上げの罪を着せられ、大逆罪で死刑判決を受ける。
映画『金子文子 何が私をこうさせたか』は、逮捕されたあとの121日間を、文子が何を考え、どう生きたのかを追った、浜野佐知監督渾身の作品である。その浜野監督と、文子を演じた菜葉菜さんに話を聞いた。
映画の核心となる重要なシーンからの撮影
浜野:クランクイン初日は、冒頭の13歳の文子が朝鮮で入水自殺を決意するところ。そして翌日が菜葉菜さんの撮影初日で、予審尋問、大審院で死刑が言い渡されるところなどを撮りました。スケジュール的にそうなってしまったんですが、菜葉菜さんにとってはキツかったかもしれません。いきなり映画の核心となる重要なシーンからの撮影でしたから。
菜葉菜:私も自分の撮影初日が来るまで、不安でたまらなかったんです。でも予審尋問のシーンでセリフを言い始めたら、あとはごく自然に出てきた。どう演じるかなんてほとんど考えず、いくらでも文子として腹から言葉が出てくる。自分でも不思議でした。
浜野:菜葉菜さんを見て、うわあ、文子だと思いましたよ(笑)。菜葉菜さんの中から文子が立ち上がってくる。どんなシーンでも「あっ、文子が出たっ!」と感じる瞬間がありました。私にとっては「菜葉菜文子」がそこにいた。金子文子を映画にするなら、菜葉菜さん以外は考えられなかったんですが、見事に応えてくれました。
魂の叫びを、私が説得力あるセリフとして出せるのか
菜葉菜:私は監督に出会って16年、撮影だけではなくてときどき一緒に食事をさせていただいて、いつも励まされたり勇気をもらったりしてきました。監督ほど自分に忠実で勇気ある女性はいない。その監督が、金子文子をと言ってくださるのはうれしかったんですが、本を読んだり資料をあたったりすればするほど、あんなに過酷で凄絶な人生を送った女性を、なんだかんだ言っても恵まれた時代に生きている私が演じられるのかと不安でした。彼女の魂の叫びを、私が説得力あるセリフとして出せるのか、背景がにじみ出るような芝居ができるのか……。
でも監督は細かいことは何もおっしゃらない。「大丈夫、あなたの文子でいいの」と言うばかり。迷って悩んで、わからないことは脚本の山﨑(邦紀)さんに尋ねたりしていたんですが、なかなか確信がもてなかった。
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