更新日:2026.05.12 23:52
Entertainment

「いる意味があるのか…」悩んだアナウンサーが、“最強の傾聴力”で安住紳一郎の魔球を受け続ける存在になるまで

「えー! あははは。へえ~」。日曜の午前中に響く明るい声。放送開始から20年を超える人気ラジオ番組『安住紳一郎の日曜天国』で、安住さんの“魔球”を受け止め、リスナーと共に頷き、笑うアシスタントの中澤有美子さん(50歳)の存在は、番組人気の大きな理由の一つです。 中澤アナ② そんな中澤さんが自身の半生を振り返り、“聞く力”を伝授する書籍『口下手で、大丈夫~2.4秒に1回頷く、最強傾聴力~』を出版しました。「口下手“で”大丈夫」という彼女を形成した道のりや、「いる意味があるのか悩んだ」という知られざる葛藤について伺いました。

準備不足から始まった、アナウンサーへの道

――中澤さんがアナウンサーを目指したきっかけは、身近な人の存在だったそうですね。 中澤有美子さん(以下、中澤):高校の同級生が短大を卒業してアナウンサーになったんです。それを聞いて、純粋に「いいな」と感じている自分に気づきました。遠い存在だと思っていたアナウンサーという職業への、心の奥底にあった気持ちが表に出てきた感じでした。 ――当時は就職氷河期が始まった頃です。さらに、中澤さんはアナウンサー試験に踏み出すタイミングも少し遅かったとか。 中澤:かなり遅かったです(笑)。マスコミ講座に通い始めたら、周りの皆さんはもうものすごく鍛えられていて。自分は全然ダメだという自覚がありました。キー局にも応募しましたが、まったく受かる気がしませんでした。準備不足もいいところでしたね(苦笑)。 ――その後、試験の開始が遅かった地方局を受け、結果的に長野県のテレビ信州に入社されました。振り返ると、地方局だったからこその経験もできたと感じますか。 中澤:はい。「何でもする」のが基本で、隙あらば取材をし、原稿も書きたいと思っていましたし、カメラの後ろでアシスタントを務めたりもしました。実際に撮った映像を覗かせてもらいながら「そうか」と覚えていく感じ。  東京の局に入っていたら、なかなかやらせてもらえなかったと思います。地方局で1年目を過ごしたからこそ得られた経験でした。

「言い訳をしない。そうしていけば……」今も胸に置く恩師からの言葉

――本書にも「放送の神様」の章で登場しますが、テレビ信州への内定後、日本テレビアナウンス学院での研修で、山本園子先生から学んだことが今も指針になっているそうですね。 中澤:本当にありがたかったです。山本先生は「自分の落ち度でないことを自分のせいにされることもある。でも、ぐっとこらえて言い訳をせず、工夫を重ねる、そういった態度を積み重ねれば、味方になってくれる人が必ず現れ、ふさわしい場所に引っ張り上げてくれる。それが“放送の神様に微笑んでもらう”ということ」とおっしゃっていました。  大学生だった私は「…そういうこともあるんだ」と聞いていましたが、後になって何度も響いた言葉です。 ――プライベートに向けた助言も印象的でした。時代的に意外な言葉だったのでは。 中澤:「結婚や子どもを持つチャンスがあったら逃さないで」と仰っていました。「でも子どもはね、ママの仕事が大変な時ほど熱を出してしまうのよ」とも(苦笑)。ともすれば「とにかく仕事を頑張りましょう」という建前がもてはやされていたような頃でしたから、研修でそんな話をしてくれる先生は貴重でした。  山本先生ご自身がいろいろな思いをなさったのだろうなと。飾らない、心からの思いを伝えてくださっているのは当時から感じていたので、胸に刻まれました。
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「毎日がオーディション」フリーとしてキー局に
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