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うつ病から回復した天才棋士の闘病記がマンガに。痛切だけど希望がある

『うつ病九段』は、棋士・先崎学九段の原作を漫画家・河井克夫がコミカライズした異色の作品だ。「文春オンライン」での連載が反響を呼び、累計564万PVを記録した。
先崎学・河井克夫「うつ病九段」文藝春秋

先崎学・河井克夫「うつ病九段」文藝春秋

 将棋が指せなくなってしまった天才棋士の闘病エッセイ漫画。映画のような静かな余韻が広がる良書だ。

朝ドラ出演もした漫画家がコミカライズ

 作者の先崎学は、11歳で奨励会に入会、17歳でプロデビューしてから、30年以上にわたり棋界の第一線で活躍し続けている。数々の著作やメディアへの出演、将棋を題材にした羽海野チカの漫画『3月のライオン』の将棋監修でも知られる超売れっ子棋士だ。漫画版の帯文を書いた西原理恵子とは20年来の友人であり、お互いの作品に登場している。
先崎学「うつ病九段」文藝春秋

先崎学「うつ病九段」文藝春秋

 コミカライズを担当した河井克夫もまた、幅広い活躍で知られる。  漫画家、イラストレーター、漫画原作者である一方、俳優として舞台や映画にも出演。NHK連続ドラマ小説『半分、青い。』では漫画家・中野役を演じた。  無駄のないスタイリッシュな線に、ユニークな擬音。ギャグ漫画であっても、どことなく不穏な空気を漂わせる。  セックスレスに悩むお姫様を描いた『枯木姫』では、細かい「あるある」で読者をさんざん笑わせておきながら、ラストで突然突き放し、その救いようのなさが妙にリアルでまた笑ってしまう。
河井克夫 「枯木姫 (全力コミック)」Mosh!

河井克夫 「枯木姫 (全力コミック)」Mosh!

病気に蝕まれるにつれ、黒く塗り潰されていく人物や背景

『うつ病九段』は、ある朝の不調から物語が始まる。頭が重く、気分が暗く、やがて眠れなくなり、とうとう対局に全く集中できなくなった時、先崎九段は「自分が本格的におかしくなっているのを自覚」する。  じわじわと病気に蝕(むしば)まれるにつれ、人物や背景が黒く塗り潰されていき、読者の不安と恐怖を煽る。屋上から飛び降りるイメージを思い浮かべる時の「ブン」という不気味な擬音が、妙に薄気味悪く印象深い。
(C)先崎学・河井克夫/文藝春秋

(C)先崎学・河井克夫/文藝春秋

 ちなみに、モノローグの「オソルベキことに」という表現は、原作の表記のままだ。原作者の文章のリズムが、そのまま活かされているのも面白い。

登場する棋士たちの顔が、実物にそっくり

 精神科医の兄に勧められ、急遽入院した先崎九段。周囲からの強い勧めで、休場を決意する。  それを知った妻が、「先崎学が将棋を指せないなんて……」と言って病室で泣くシーンがある。休場が、プロにとっていかに辛く悔しいことかが伝わるエピソードだが、漫画では4コマ(原作は2行!)しか使われていない。過剰な演出は加えず、あくまで本文のドライな視点に沿っており、原作への敬意が伺える。
(C)先崎学・河井克夫/文藝春秋

(C)先崎学・河井克夫/文藝春秋

 見守る家族、個性的な入院患者たち。深刻なシーンでもキャラクターの表情、動きにどこか愛嬌があり、可愛らしい。  藤井聡太四段(当時)や加藤一二三先生など、作中に登場する棋士たちの顔が、実物にそっくりなのもこの漫画の見どころだ。
(C)先崎学・河井克夫/文藝春秋

(C)先崎学・河井克夫/文藝春秋

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ライバル・羽生善治との会話が映画のワンシーンのように印象的
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