上出遼平さん寄稿・『オンエアできない! Deep』評

真船佳奈『オンエアできない! Deep』株式会社朝日新聞出版
「海外から独自ルートで輸入した痩せ薬をラムネのようにバリバリと食う女がいる」。
そんな触れ込みを携え制作局(バラエティ班)にやってきたのが、将来の漫画家・真船佳奈である。常軌を逸していれば逸しているほど盛大な拍手をもって迎えられる我らが制作局にあって、この入場の様はまさしく鳴り物入りのお祭り騒ぎ。社会性を著しく欠いた諸先輩方の舌なめずりがしばらく止まなかった。

真船佳奈『オンエアできない!』株式会社朝日新聞出版より
そう、賑やかでハッピーなバラエティ番組を作る制作局はその表向きとは裏腹に、魍魎の蠢(うごめ)くこの世の地獄。いじめがあるだとか、雰囲気が悪いだとかそんなレベルの話ではない。それまで20年以上かけて学んできた理屈やモラルの一つさえ通用しないのがこの世界なのだ。

真船佳奈『オンエアできない!』株式会社朝日新聞出版より
かく言う僕も、入社半年で精神に失調をきたし、新橋の編集所にいたはずなのが、ふと気がつくと京都で枯山水を前に茶をしばいていたりもした。靴も履かず、編集所のスリッパのままで先斗町を歩いていたことを思えば、結構参っていたに違いない。
そんなところへ、真船佳奈は舞い込んでしまった。
そして、ワーーーッと暴れて、いなくなった。
そう、制作局からあっという間にいなくなってしまったのだ。駿馬の如く。ヒヒンと鳴いて。
会社の机で涎を垂らして寝ている姿を何度か見た。酒に酔って嗚咽交じりに絶叫する声を何度も聞いた。そしていつしかその姿を見ることはなくなった。事実は不明だが、見るに見かねた人事部が、限りなくホワイトな部署に避難させたのだと僕は思っている。
多くの同僚たちは「なんであの図太そうな真船が?」と思ったし、そう思うのも無理からぬ話。ぎょろりとかっぴらいたガラス玉のような目、厚かましい言葉遣い、貪り食う痩せ薬、年中無休のムートン風ブーツ、そしてあの酒の飲みっぷり。

『オンエアできない! Deep』株式会社朝日新聞出版より
しかし、事実は正反対だった。
彼女の心は、旅行先の土産物屋で買うガラス細工のヤドカリの足くらい繊細で壊れやすかったのだ。そう考えれば彼女の行動のほとんどを理解できる。全ては身を守るための鎧だった。思えば彼女と話をしていて、しっかりと目があったことは一度もない。
彼女はその繊細すぎる眼差しで、隈無く制作局を見ていた。ここに立ち入った誰もが狂った世界に同化する中で、彼女だけは正しく他人行儀でそこにいた。だから、こんな漫画が描けたのだ。
これまで様々なフィルターを通して描かれてきたテレビの裏側が、『オンエアできない!』で初めて限りなくクリアに、ほぼノンフィルターで映し出された。そして続編『オンエアできない!Deep』では、文字どおり一層深く、その悲喜劇を活写している。

前作・『オンエアできない! Deep』株式会社朝日新聞出版
まずテレビの世界を志す若者はこれを手に取るべきだ。これを読んでなおテレビを作りたいと思えるのであれば、あなたは間違いなくテレビマンとしての適性がある。飛び込んだ世界で理想と現実との齟齬に苦しむことはないだろう。
そして、最近テレビを見なくなったあなたにも、相変わらずテレビっ子のあなたにも、是非読んでほしい。
批判にさらされながらも、小さな笑い一つを勝ちとるため、東京ど真ん中の巨大檻で暴れる珍獣たちの群像劇。
掛け値無しに面白いから。