人間には自由な意志と感情があり他者のものになることは無い、という大原則を自分に対しても無視してはいけません。
詩的な表現やロマンチックな物語に憧れ過ぎたり、家庭や学校で教育という名の洗脳を受けすぎると、自分で物事を考えられなくなり、誰かに決めてもらうことしかできなくなります。
そうなってしまうと、歪んだ人間関係を築いていくようになり、一方が奴隷、ペット、家畜となっていきます。ちょっと話がそれますが、これらの違いを図にしたので参考にしてください。

簡単に説明しますと、人間と動物の違いは意志や感情を持つか持たないかで、さらに、その物体に名前があるかないかという違いで愛着の有無を区別し分類しています。動物にも意志や感情があると科学的に証明されていますが、ここでは人間と動物をできるだけはっきりと区別したいので、人間同様の言葉を話さない動物を物化して考えます。法的に、動物が器物として扱われているのと同様の捉え方です。
この図を見る上で、前提として知っておいて欲しいのは、その物体が実際には人間や動物であっても、相手が動物や人間と見なしていたら、そのような存在として扱われていくということです。

例えば、長年連れ添った愛犬をペットではなくパートナーと呼ぶ人がいます。この場合、その人からするとその犬は、物ではなく意志や感情を持つ人です。なので、その犬に共感していくことも、共感されているような感覚もあります。
別例には、人間を家畜化し、そのモノの食料、繁殖、死をコントロールしていく場合もあります。その人間の生死、衣食住をコントロールして、名前を剥奪し番号付けしていくと奴隷になります。意志や感情は認められません。
そこから更に動物化していくと家畜になります。奴隷と家畜の違いは死のタイミングにあり、その命を最長まで使い切るか、まだ残りがあっても価値が最高の時に終わらすかです。暴君が、自分の娯楽の為に、肉体的に強そうな奴隷同士に殺し合いをさせ、その様を大衆に見せて見物料を取っていたら家畜扱いです。