家庭は順調だが、マユさんはときどきふと寂しくなる。夫とはこのまま、一生に一度のセックスで終わってしまうのかと思うからだ。
「もちろん、何度か私から水を向けたこともあります。だけど夫は『ごめん、僕さあ、実はそういうことがあんまり好きじゃないんだよね』って。娘が3歳くらいのときにそう言われました。結婚前に一度だけしたのも、いわば勢いというかなりゆきというか。そんな感じだったようです。
でも私と結婚したことは後悔していない、マユのことは信頼しているし愛している、とっても幸せだよと満面の笑みで言われて、私もそれ以上迫れなかった」
夫がいい人だからこそ、マユさんは浮気もできないと言う。
「夫は私が悶々としているのをわかっているんでしょうね。『マユちゃん、僕から離れないでね』とときどき言うんですよね。離れなければ浮気してもいいということなのか、浮気はするなということなのかわからないけど。
だけど私は、身も心もというのが夫婦の基本だと思うんです。夫が私を家族としか見ていないのが寂しい。でもそれは夫には伝わらない。したくない人に無理強いするわけにもいかないし。悩ましいです」

夫が性的興味をほとんどもっていない人だと結婚前に知っていたら、彼女は結婚に踏み切ったのだろうか。
「妊娠しなかったら、当分、結婚はしなかったと思います。夫になった彼とは友だち関係だったかもしれませんね。人間的には本当にいい人だから。
私が酔って家まで送ってもらって、勢いでそういうことになったけど、そうならなかったら彼も私には興味をもたなかった可能性があるし。でも彼はセックスできない人ではないんですよね。極端に性欲が薄いんだと本人は言うんですが。でも『したい』欲求がないから、病院に行こうと言っても及(およ)び腰。あんまり言うと彼がへこんでしまうので言えない状態です」
男性がいるのにセックスはできない。性欲のある女性からすると「生殺しの生き地獄」だとマユさんは言う。それもそうだろう。
「絶対バレない対策をした上で、アウトソーシングするしかないのかもしれないと今は思っています。あらためて夫に私が浮気したらどうする、と聞くのも酷なので、ひっそりと。性欲だけを解消する術を探したいですね」
冷静に話しているマユさんだが、実際には「体中がねじれるようなつらさ」に苛(さいな)まれているという。そういう妻の状況を夫はおそらく知らないのだろう。このまま体の距離が心の距離になっていくことを、マユさん自身が怖れている。
―シリーズ「
結婚の失敗学~コミュニケーションの失敗」―
<文/亀山早苗>
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