Lifestyle

今年こそ幸せになる。42万人登録のYouTuber 禅僧が贈ることば

少しずつ何度でも手放す

禅語を実践しているように見える禅僧であっても、「放下」はもっとも難しい実践です。 知らぬうちに心に垢が溜まり、何かをきっかけに見栄や欲、あるいはいらぬ劣等感が芽生え、心にはびこっていきます。なかなか「ゼロ」に戻すことは難しい。 だから、僧侶は頭を剃るのです。欲や見栄は髪の毛と同じで知らず知らずのうちに生えて、伸びていきます。 青い背景と棚と花瓶頭を剃るのは難しくても、自分の部屋を掃除したり、クローゼットを整理したり、化粧を落としたりする習慣とともに、自分の心に見栄や欲などの垢が溜まっていないかを確認し、ホコリや汚れと一緒に落としていくのもひとつの手です。 一度にすべてを捨て去ることが難しければ、少しずつでも何度でも、放下していくことです。「ゼロ」にリセットすることで新しい可能性が開け、何にもとらわれないあなたの純粋な心に惹かれる人が集まってきます。お釈迦様の生まれたインドで発見された数字「0」は、幸福への可能性を持つ無限の数字なのです。

【我逢人】がほうじん:会うべくして出会った人となら、不可能を可能に変えられる

「我逢人」は、人と出会うことがすべての始まりである、という禅語です。 人生や仕事について考えるとき、何をするのか、どうするのか、ということは重要ですが、実はいちばん大切なのは、誰と出会い、誰と一緒に歩んでいくか、ということです。人と出会うことでものごとが展開し、新しい世界が開け、イノベーションが起こります。だからといって、手当たり次第に人に出会えばいいというわけではありません。 「この人との出会いがなければ、今の自分はなかった」というような、一緒に人生を切り拓いていくような人と出会えているか、が重要です。
次のページ 
なぜ「いい出会い」がないのか?
1
2
3
4
5
6
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ