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結婚後にトランスジェンダーだと気付いた苦悩。女性から男性へ移行する治療を始めたら義母が

いちばん誠実だと感じたのは「問題が発生したときには、話し合いによって納得できる方法を模索します」と、問題は起きるものだという前提を示してくれた企業だ。また、「トイレやロッカーはどうしますか?」と聞いて一緒に考えてくれた企業にも安心感を覚えた。残念ながらそのどちらでもスキルや条件面が合わず、働くことはできなかった。 紆余曲折あり、いまは「気にしません」と言い切った企業に勤めている。 初日、私は全社員を前に性的マイノリティであることをカミングアウトした。「性的な話題に下手に触れると面倒な人間ですよ」と予防線を張ったわけだ。まだ関係性ができ上がっていなければ、カミングアウトは容易だ(これは性格にもよるかもしれない)。

「her」と呼ばないでほしい

自分の内面情報を、不特定多数に伝えるというのは羞恥プレイみたいなものだ。それくらい恥ずかしいし、惨(みじ)めだ。それでもやると決めたのは、最終面談で人事担当者や社長の態度に、不安を感じたからだ。「女性が好きな女性だから結婚はしていないだろう、子どもも生めないだろう」みたいな漠然とした違和感が、面接官からひしひしと伝わってきた。 SakuraIori202303_02c結果、初日のカミングアウトのおかげでいろいろとやりやすい部分は多かった。海外の会社とのビデオミーティングで、社長が私に対して「Her(彼女)」を使ったとき、それをやめてくれと言えた。 だが、やはりセクシャルマイノリティという属性が一般的に就職や転職のハードルになることには変わりないだろう。男性ホルモンを打ったなら、今度は戸籍上の女性というのが、エントリーシートを書くうえで壁になる。履歴書は女性なのに、面接では男性が来るわけだ。経歴詐称と思われかねないと不安になるのは、悲観的すぎるだろうか。

待ち望んだホルモン治療ついに開始!その矢先に義母が…

就職して2カ月ほど経ち、私は、ついにホルモン治療を決意した。受診すればすぐ始められると思いきや、治療ガイドラインに従うと、ホルモン投与まで3カ月ほどの時間がかかってしまった。 昨年秋、はじめての治療日が決まった。「これで、義母にも会いにいける」と思った。 夫と結婚して以来、その両親と同居していたが、義母から暗に“嫁”としての役割を期待されることに耐えきれなくなり、私は昨年家を出ていた。実家に帰り、その後家を借りてひとり暮らしをはじめたため、必然的に夫とも別居状態がつづいていた。私には、義母に性自認のことを伝えるためにはホルモン治療が不可欠、という思い込みがあった。これで義母にも会いに行ける……そう思っていた矢先、突然の訃報が舞い込んできた。義母が亡くなったのだ。 SakuraIori202303_02d末期がんだった。医師の見立てでは、数カ月は持ちこたえられる体力はあったはずだった。パートナー含め、こんなに早く亡くなるとは誰も思っていなかった。急逝の知らせを受け取ってすぐにパートナーと合流、夫の隣に座り“喪主の妻”として何食わぬ顔で義母を弔った。何も言わず家を出てしまったことを、その亡骸を前に、ただただ謝ることしかできなかった。 葬儀の最中、私は夢を見た。義母が私に背を向けて座っていた。その背中に私はすがるようにして、泣きながら声を張り上げた。 「ごめんなさい、私は男なんです、だから、あなたの望むような、息子の妻になれなくて本当にごめんなさい……!」 それに対し、義母は私を一瞥(いちべつ)して冷たくひと言いい放った。 「は? 何言ってるの? 気持ち悪っ」 ……そこで目を覚ました。
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戸籍変更の前に立ちはだかる、いくつもの要件
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