政治家になりたい気持ちに火をつけたのは2つの出来事
――最終的にはお父様の応援も得て当選し、やがて国政に進出しました。小さな頃からの環境もありますが、それ以外に、政治家になりたいという気持ちに火をつけたことがあれば教えてください。
金子「ネパールに行ったときに、カトマンズで子供が物乞いをしているのを見たんです。それも身体が不自由な状態を見世物にして、お金を要求していました。外から来た人間が思うのは失礼なことかもしれませんが、私としては、国全体を豊かにしていくためには、やはり教育をしっかりしていく必要があると感じました。それがひとつ。もうひとつは、私自身の療養生活がきっかけです」
――療養生活ですか?
金子「23歳のときに、顎関節症で外科手術をしました。強制的にかみ合わせを治すので、骨を固定して、かなり壮絶な療養生活に入るんですよ。上あご下あごを完全に固定して、歯の隙間からペースト状のものを入れて食べたり、筆談で会話したり。そういった生活を1年以上、経験したんです」
――それは大変でしたね。
金子「その時に、先生やスタッフの方々の奮闘ぶりを見ながら、医療の現場のいろんな問題が見えてきてしまったんです。看護師さんたちの労働体制といったことも含めて。過酷すぎる、これは問題だと。それで制度的に、今の医療体制ってどうなっているのか勉強しようと思い始めました」
――なるほど。
金子「同時に、そのときに出会った女の子の存在が、政治家になるうえでの、非常に大きな最後のひと押しになりました」
――女の子との出会いが。
金子「当時彼女は中学生でした。口唇口蓋裂の状態で生まれ、これまでずっと学校の長期の休みごとに入院して手術をしてきた子です。これから先も『病気と付き合っていかなきゃいけない、それが私の運命だ』と話していました。当時は私も壮絶な療養生活を送っていて、社会復帰できないんじゃないかと思っていましたが、政治に興味があるという話を彼女にしていたんです。そしたら『金子さんは、手術で治ったら人生を選べる。幸せです。本当にやりたいなら、自分で選べばいいだけじゃないですか』と」
――おお。中学生の子が。
金子「『それがすごく幸せなことだって、気づいてないんですか』と言われて、いずれ政治の世界に出ていきたいと思いながらも、ずるずると引いている自分に気づきました。でも、彼女の言葉で吹っ切れた。壁は自分が作っていて、選べる幸せを持っているのにアクションを起こさないなんて、と。ぐだぐだ愚痴っている私にバシっと言ってくれて、もう迷いなく、次の選挙には必ず出ようと思えたんです」