
実母の元夫の話を聞くうち、まるさんには腑に落ちない想いが強くなる。なぜ実母は突然家庭を捨てたのか。身勝手なことを繰り返して本人は幸せなのか――。
率直な疑問をぶつけると、男性は、実母の家庭環境に話を移した。
実母は、両親が離婚した後、長らく父(まるさんの実祖父)と2人暮らしをしていたそうだ。しばらくして祖父が内縁の妻を迎えると、実母は居心地の悪さを覚え、それ以降は家を出て、自立するため夜の世界に身を置いたという。
実母の輪郭が明らかになるにつれ、まるさんの落胆は色濃くなる。
「実母の境遇を知らないままでいれば、自分がなぜ乳児院に預けられたのか、せめてもの事情があったと想像できる余地もありました。ただ、元夫の男性に話を聞くうちに、そうした期待も薄れていきました。
実母は家庭環境が大変だったようですが、だからといって育児を放棄していい理由にはならないはずです。冷たい言い方かもしれませんが、実母には責任感や罪悪感がないのだと気付かされました。
それに、実母が夜の仕事に従事していたと聞かされると、『私の実父はその場限りの客だったのかもしれない』という考えが頭をよぎり、ひどく嫌悪感を覚えました。私の中に流れる血が汚らわしく思えて苦しくなりました」
実母への印象は悪化するばかりだったが、それでも実親と対面したい想いが消えることはない。これまで児童相談所の職員にも、預けられた経緯を聞いていたが、元夫の男性の言い分とは食い違うことも引っかかった。
たとえ傷ついて後悔すると分かっても、実母に会わないと納得できない想いは変わらなかった。

実母の元夫からは、実母の電話番号とメールアドレスを共有してもらった。連絡を入れたものの、反応はなかった。
ある時、かつて実母が利用していたSNSのアカウントを発見する。投稿を辿ると、自撮り写真があがっており、かつての実母の顔を見る。物心ついて以降、一度も会ったことのない肉親の姿を見ても、親が本当に存在していた事実をうまく捉えられない自分がいた。
アカウントからは当時、実母が在籍していたであろうスナックらしき店名が出てきたが、すでに店は畳んでいるようだった。同僚らしきフォロワーにメッセージを送るも、時間が経過していたからか反応はない。
あらゆる手段を尽くしたが、これ以上の進展は期待できず、実親探しは困難を極めた。
「はやく実親と対面して20歳までに死にたい」――。そう決意して、高校卒業後に実親探しを始めたまるさんも、気づけば成人を迎えていた。
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「自分の身体が汚らわしく感じた…」5年かけて探し当てた実母から突きつけられた“残酷な事実”。知る権利への想いも<後半>
<取材・文/佐藤隼秀>