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「幼稚園で早朝から勉強、小学校では週7で習い事」“天才児”と呼ばれた31歳芸人が、親に思っていたこと。中学で一気に「脱エリート」

習い事は週7日、放課後に遊ぶのは不可能

――小学校時代はどんな生活をしていたのでしょう。 「習い事を週に7日やっていました。だから友達と放課後遊ぶってことが無理。やっていたのはピアノ、公文、野球、剣道、文章を書く教室、水泳を週2回。この習い事ってどれも脳に良いって言われているラインナップのような気がするんですよ。ただ、剣道だけは僕からやりたいって言ったもので、野球は父親からの希望でもありました。まあ、それでも全て教育のプラスになりそうなものばかりですね」 ――よくパンクしませんでしたね。 「いや、でも小学校4年生でもう反抗期がきちゃって、勉強は何もしなくなっちゃったんですよ。親が正しいとずっと信じていたけれど、20年後には自分も親になることを想像したら、『このままだと全然ヤバくね?』って。小学校を卒業するまでに反抗期は終わっていましたが、その頃には親はもう僕のことを諦めていましたね」

優等生から中学デビューでイジられキャラに

――その後は中高一貫の私立男子校に進学されたそうですね。 「はい。明治大学付属中野中学と高校に通っていました。ここでキャラ変のチャンスが来たんですよ。公立の小学校から私立の中学に行ったので、面子が様変わりするじゃないですか。完全なる中学デビューで陽気なバカをやるようにして、いじられキャラを6年間貫きました」 ――中高が明治大学の付属校ですが、別の大学に行かれてますよね? 「高校3年の時に、内部進学するには成績が足りないと言われたんです。でも、僕はその時点で『芸人になるから大学には行かない』と決めていたんですよ。そしたら親にめちゃくちゃ怒られて。『今やることから逃げているだけだろう』と。それ聞いて確かにとは思ったので、大学受験はしました。現役では落ちて浪人することになりましたけど」 ――受験に落ちたのなら、そのまま浪人せずに芸人になるルートも考えられたのでは? 「学生お笑いというものを知ったんですよ。大学の4年間で培ったものがあれば、お笑いの養成所に入ってゼロスタートになった時に有利じゃないかと考えたんです。それで一浪後に東洋大学に入りました」 ――いわば、お笑いの経験値を積むための大学進学? 「そうです。それなら学費は自分で払おうと思って、週に3日は夜勤をするような生活をしていました。でも、結局そのスタイルでいくのは無理でしたね。親に相談もなく勝手に2年間休学して、3年生の時に退学しました。だから僕が支払ったのは、1年間の学費と2年間の休学費だけなんですよ」
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「思っていたよりも自分は面白くなかった」
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