子どもにかけるミカの熱意は増すばかりで、妊活への努力は涙ぐましく、反面シュンは追い詰められていきます。排卵日前後にセックスを要求するミカに、<人を種馬みたいに……>とつぶやき、
<俺よりもまだ存在すらしない子どものほうが大事なのかよ>
と、悲痛な叫びをあげます。
子どもを持つことに関して、シュンはなぜここまで頑ななのか。シュンにはミカがうかがい知れない、トラウマがありました。
幼少期から実家を離れるまで、利己的な両親に翻弄されてきたのです。子どもだった頃に、家庭内の幸せなど味わう余裕もありませんでした。むしろ忘れたい記憶ばかりで、両親+子ども=幸せという予想図が、どうしても描けないのです。
やっとミカに事情を打ち明けるのですが、ミカの出した結論は、切なくも前向きな未来でした。
子どもがほしい、ほしくない。夫婦の価値観で最大級に難しく、大きな課題のひとつです。
<子どもを持つことに前向きなパートナーだったら、結果としてできなくても構わない。2人でも幸せだし、不妊治療までは望まない>
取材を重ねる中で、グラハム子さんが印象に残った、ほしい側が発した言葉です。子どもを介して問われるのは、夫婦としての絆や、どれだけ相手を尊重できるかということ。
生き方が多様化した現代だからこそ、ひとりひとりの生き方を尊重すべきなのかもしれません。
<ずっと変わってはいけないのは、目の前にいる大事な人と向き合うことだと思います>
最後に綴られた一文は、夫婦だけでなく、さまざまな悩みに直面している人々の胸に、刺さるのではないでしょうか。
<文/森美樹>
森美樹
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『
主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『
母親病』(新潮社)、『
神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。
X:@morimikixxx