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「自殺未遂」「妊娠5か月で中絶希望」…なぜ彼らは“限界”まで耐えてしまうのか?子ども時代に支援を受けていても

 親からの虐待やネグレクト、家庭の経済的困窮などの事情から、社会的養護が必要とされる児童は約4万2000人に上る(令和4年度のこども家庭庁「社会的養護関係施設入所児童等調査」による)。
高橋亜美さん

高橋亜美さん

 児童養護施設や里親家庭など、親元から離れて暮らす当事者らは、いずれ社会へ独り立ちを求められる。しかしその一方で、自立できず立ちゆかなくなるケースが後を絶たない。  そんな彼らを支援するアフターケア相談所を運営する高橋亜美さんのもとには、年間延べ2~3万件のSOSが寄せられる。「死にたい」「助けてほしい」といった切実の悲鳴から、「妊娠5か月だけど中絶したい」「家賃を何か月も滞納して電気が止まっている」といった具体的な訴えまで、どれもひっ迫した声ばかりだ。  両親のもとで育ち、就職して自立する、あるいは所帯を持つ――。一般的な環境で育った人であれば、なんら当たり前に思える歩みだ。  その一方で、社会的養護を受けた当事者は、なぜ生活もままならず挫折してしまうのか。当事者はどのような苦悩を抱えているのか。高橋さんに話を聞いた。

子ども時代にケアを受けても…中年期にこそ深まる孤立

引きこもる男性

※イメージです

 東京メトロ門前仲町駅を降り、下町風情が残る街並みを歩いて2~3分。近隣の飲食店やカフェに溶け込むように、鏡張りで開放感あるおしゃれな佇まいを見せるのが、(社会福祉法人子供の家)「ながれる」だ。  ここは児童養護施設や里親家庭など、社会的な「ケア」を受けた「後」に行き詰まった人をサポートしてきた「ゆずりは」が新しく構えた拠点。  社会的なケアを受けたのであれば問題ないだろう――。そんな世間の思い込みとは裏腹に、ケアを受けた当事者たちの苦悩は、年齢を重ねてなお消えることはない。むしろ中年になることで「支援は若者が受けるべき」という先入観や、年齢制限を設けたNPO法人に断られるケースも増え、余計に息苦しい思いをする当事者も多い。  筆者が過去に取材した被虐待者の例を挙げると、次のようなケースがあった。 ・仕事で上司に怒られた際、幼少期に親から暴言を吐かれた光景がフラッシュバックして、過呼吸や対人恐怖症を発症して休職にいたる。 ・経済的に頼れる親元がいないため、常に『お金を稼がないと生活が破綻する』という緊張状態を抱え続けた結果、心身を消耗して鬱状態になる。 ・幼少期に長期的に虐げられてきたことで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患うなど、そもそも働けずに生活保護を受給している。  実生活につまずきやすいこうした状況は、虐待の渦中を抜けてもなお変わることはない。

極限状態で助けを求めてくる当事者たち

高橋亜美さん 事実、高橋さんが所長を務める2つの拠点では、10代から60代まで幅広い年齢層からSOSが届く。年間300人近い当事者から相談が寄せられるなか、彼らはどのような状況に陥っているのか。 「『お金がなくて万引きして捕まった』『自殺未遂して救急車で運ばれた』『家賃を何か月も滞納している』『妊娠5か月だけど中絶したい』――。私たちのもとには、生活が破綻する寸前で助けを求める声が、日夜届きます。 相談者の置かれている状況は三者三様ですが、共通して『ギリギリまでSOSを発信しない』という傾向があります。一見、もっと早く助けを求めるべきだろうと思いがちですが、虐待を受けた当事者は『自身がいま切羽詰まった状況にある』と認知できていない場合も多々あります」  側から見れば、なぜ相談者は「極限に近い状態まで声をあげないのか」と率直な疑問が浮かぶ。しかし幼少期から虐げられ、大人や社会に対して警戒心や不信感を抱いてきた当事者にとって、SOSを求めるハードルは高いという。 「親の暴力をはじめ壮絶な家庭環境で育ってきた当事者は、つらい状況を直視したくないがために、感覚を鈍感にして思春期を過ごしてきた人が多い。言い換えれば、自分が置かれているつらい状況を否認することで、かろうじて正気を保ってきた。あるいは周りが誰も助けてくれない状況で、なんとか自分で生きながらえてきた人が多いです。 そうした処世術を身につけて、大人になった被虐待者の方々は、状況の深刻さに反して、『まだ頑張れる』『なんとかなるはず』と現状を先送りにしがちなのです。心身にダメージが出ているにもかかわらず、その兆候を押し殺して生活を続けることで、無理がたたって一気に崩れてしまうケースは多いです」  あるいは一度、行政に助けを求めたものの、結局うまく支援に結び付かず、傷ついた過去がある当事者も多いという。
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