誰もが不満を抱きながらも、正面から注意することはできない……そんな重苦しい空気が流れ始めたその時。張り詰めた空気の中に、「ちょっと、おじさん!」と、はっきりとした声が響きます。

「ついさっき私と会話を交わした女性が一歩前に出て、よく通る声でおじさんに呼びかけたんですよ。『そんなに余裕のない人は山に来ない方がいいですよ。見ての通りここは山手線みたいに数分おきにケーブルカーが来るわけではないですし、その待つ時間すら楽しめる人たちが来るところなので』と」
女性は穏やかな表情のまま、しかし一切ぶれることなく言葉を続けました。
「女性はやわらかい笑顔なのに、言葉は核心を突いて……すごくかっこよかったんですが、一触即発のピリピリ感がすごかったんですよね」
それを聞いた男性は、「はぁ? 何なんだよお前は」と鋭く睨み返したそう。
女性は一歩も引かずに「みんな、同じように時間を作って来ているの。あなたの時間だけが特別なのはおかしいでしょう?」と続けました。
おじさんは一瞬ムッとした表情を浮かべましたが、ここでやっと、一斉に男性へと向けられた周囲の視線に気づいたようでした。その無言の圧力に耐えきれなくなったのか、男性の態度に変化が現れました。
「おじさんは、小さく舌打ちしながらですがしぶしぶ列の後方へ戻っていき、結局はきちんと最後尾に並び直したんですよ」
先ほどまでの強引さが嘘のように、肩を落として列の最後尾へと歩いていくその背中は、どこか小さく見えたそうです。
その瞬間、張り詰めていた雰囲気がふっと緩み、周囲からは安堵のため息が漏れ、どこかほっとしたような空気が広がっていきました。
「その女性の発言が、自分の心の声を代弁してくれたような感じがして……周りのみんなも笑顔になることができましたし、とてもスッキリできたんですよね」と微笑む未歩さんなのでした。
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<文・イラスト/鈴木詩子>
鈴木詩子
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:
@skippop