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「妻が、子供が欲しいと言いやがった」。“自立したおしゃれ夫婦”が泥沼離婚するまで

ぼくたちの離婚 Vol.8 ビルの気持ちがよくわかる】  社員数名の編集プロダクションを経営する花田啓司さん(仮名、52歳)は、文学青年がそのまま歳をとった風合いのイッセー尾形似。32歳の時に情報誌の編集部を辞め、独立起業して現在に至る。 ぼくたちの離婚 Vol.8

カヒミ・カリィ似のインテリ文化系女子に一目惚れ

 花田さんが、後の妻・玲子さん(仮名、当時20歳)と出会ったのは1985年、19歳の頃。当時アルバイトしていた人文系の出版社で、玲子さんはバイトの先輩だった。 「玲子は文化的素養が図抜けていました。三島由紀夫も埴谷雄高も読むし、フーコーも浅田彰も読む。『ガロ』や大友克洋などのマンガ、ヌーヴェルヴァーグやアメリカン・ニューシネマといった映画にも詳しい。僕はよくわかりませんでしたが、アングラ演劇にも通じていたようです。 長い黒髪をセンターパートで分けたスリム体型で、笑顔が神々しくて。喫煙がサマになっていましたが、決して下品な感じではなく……あ、カヒミ・カリィってわかります? 90年代に彼女が出てきた時、玲子に雰囲気が似てるなあと思いました(笑)」(花田さん、以下同)

カヒミ・カリィのファーストアルバム「MY FIRST KARIE」/Amazonより

 花田さんは玲子さんの文化的・芸術的センスがいかに優れているかを、この調子で20分近くしゃべり続けた。 「後からわかったんですが、玲子はさる高名な海外文学翻訳者の娘だったんです。由緒正しきインテリの血統ですね。都内の高級住宅地に実家のお屋敷があったんですが、彼女は実家に住まず、隣の土地に両親が建てたアパートの部屋に住んでいました」

憧れの玲子と7年後に再会

 九州の某県から上京し、それなりに映画には詳しいという自負があった花田青年だったが、玲子さんの“本物”ぶりには圧倒されたという。 「僕なんかとうてい太刀打ちできないほど、玲子の文化的素養は圧倒的でした。読んでいる本も、観ている映画も、そこに費やしてきた思考や語彙の量も、段違い。それでいて、決して僕を見下したりしないんです。本だったら、『花田君、◯◯が好きだったら、きっと△△も好きだと思うよ。今度貸してあげようか?』とかなんとか。 女性として、もちろん恋していましたが、憧れや尊敬も同じくらいに抱いてましたね。とにかく、かっこいい存在。ただ、すでにだいぶ歳上の彼氏がいたようなので、僕は最初から諦めていました」
※写真はイメージです

※写真はイメージです(以下、同)

 玲子さんは大学を卒業して美術系の出版社に編集者として就職。花田さんは1年遅れて別の中堅出版社に就職し、情報誌の編集部に配属された。儀礼的に互いの就職先を知らせあってはいたが、特にやり取りもないまま7年もの歳月が過ぎる。 「あるライターさんが、玲子と僕の共通の知り合いだと判明したんです。当時付き合っていた同じ会社の彼女と別れたばかりだった僕は、同業者の情報交換会という名目で飲み会を主催し、そのライターさんを介して玲子も呼んでもらいました。いやあ、神々しさにさらなる磨きがかかっていましたよ……」 ※写真はイメージです 玲子さんが独り身だと知った花田さんは、再会をきっかけに玲子さんへ猛アタック。交際を経て、約2年後に結婚する。花田さん31歳、玲子さん32歳である。 「僕も玲子も蔵書の量がすごかったので、古いけど広めの2LDKのマンションを借り、家中を本棚で埋め尽くしました。あの頃は本当に幸せでしたね。玲子と、本と、映画。結婚にあたっては、自分たちの時間を大切にするために子供はつくらないと決めました共通の銀行口座も持たないし、互いの収入も知らない。個人主義的で高踏的なカップルであるという自意識に、少し酔っていたんです。90年代当時流行っていた“DINKs(Double Income No Kids)”というやつですね。玲子も、そういう夫婦のあり方に満足していました」
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子供が欲しいなんて“言いやがった”
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