「飲みに行ってから2ヶ月くらいたったころでしたかね。
夜中にリビングで彼とのメッセージのやりとりをしていたら、ごとんと音がして夫が起きてきた。何をしているのと聞かれたから、子どもたちのスケジュールの確認と答えて。夫はトイレに行き、戻ってきてから私の隣に座ったんです」
どうしたのと聞くと、夫は「うん」とだけ言って黙り込んだ。私も寝るよと言うと、夫は突然、彼女の手を握った。
「
オレさ、ずっと言おうと思ってたんだけど、メグミと結婚して本当によかったと思ってる」
メグミさんは思わず夫を二度見した。高校時代からつきあって
20数年、夫は甘い言葉をささやくようなことは一度もなかったからだ。
「どうしたの、と思わず言ってしまいました。すると夫は、『仕事でもそうだけど、自分が思っていることをきちんと相手に伝えないと、きっと後悔すると思ってさ』と照れ笑いしたんです。
何かあったのと尋ねたら、いちばん信頼して期待もしていた部下がライバル会社に黙って転職していった、と。その人はウチにも来たことがあるので、私も知っているんです。夫がどれだけ彼を信用していたかもわかってた。だから夫はショックだったんでしょうね」
メグミさんは思わず夫を抱きしめた。すると夫は言った。
「
大事な人に大事だと伝えなかったオレにも責任があるように思うんだ。ただ、彼にとっても仕事をしていく上で、もっといい環境に行きたいと思ったんだろうけど。それで考えた。
オレの人生にとっていちばん大事なのは何だろうって。メグミだった。そのことに気づいたんだ」
落ち込むようなことがあったからこそ、初めて出てきた夫の本心なのだろう。あるいは、もしかしたら家にいても、どこか心ここにあらずという状態が続いていたメグミさんの心の揺れを、夫は感じていたのかもしれない。
「あのままだったら、私はきっと遠くない日に上司と関係をもっていた。私、不器用だから家庭と恋愛を両立させることができなくて、とんでもないことになっていた危険性もあったと思うんです。
夫の告白が偶然なのか意図的なものなのかはわからないけど、少なくとも私は心打たれました」