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Vol.14-1 離婚で「あらゆる地獄」を見た男性を癒やした親の言葉

「あなたの人生なんだから、変に我慢してはいけないよ」

 土岡さんの母親は結婚前、土岡さんの父親の子会社に勤めていた。グループ会社が一堂に会する納会の二次会で知り合ったという。結婚で寿退社し、以来ずっと専業主婦だ。 「夫には一切意見しない、亭主関白を支える良妻賢母。絵に描いたような昭和の妻でした。基本的に自己主張はありません。口癖は『お父さんの言うことを聞いて』。僕とは衝突しない代わりに、家庭内ではあまり存在感のない人でした。僕と議論するわけでもないし、家族の決まりごとについての決定権もゼロ。すべて父が決定していましたから」 写真はイメージです しかし、土岡さんの結婚に際して彼女は珍しく“主張”した。 「元妻とは、結婚の1年半くらい前から同棲をはじめたんです。それを父親宛てにメールで伝えたら、父からは賛成と激励の返信が届いたんですが、母からは別途、僕の携帯に電話がありました。そこで、僕にこう言ったんですよ。『あなたの人生なんだから、変に我慢してはいけないよ』。 これにはものすごく驚きました。実はその同棲は、元妻の強い要請によって、半ば押し切られるかたちでスタートしたからです。当時の僕は、“押し切られた”という事実を認めたくなかったので、ちゃんと納得済みなんだと自分に言い聞かせていたんです。しかし母は、僕のメールの文面から、行間から、見事に真実を読み取った」

人は大丈夫じゃないのに「大丈夫」だと口にする

 ここで土岡さんは、苦労人である母親の出自について教えてくれた。ただ、土岡さんの希望により、それをここに書くことはできない。 「ギリギリの状態の人間が発する微かな救難信号のようなものを察知する能力が、母にはあるんです。おそらく、彼女自身が幼少期からそういう苦境に身を置いていたせいでしょう。 母はよく言っていました。人間はウソをつく。大丈夫じゃないのに『大丈夫』だと口にするし、物事がうまくいっていない時ほど、聞かれてもいないのに『うまくいってる』と吹聴する、と。実際、僕も夫婦の関係が悪化した時にそうでした。飲み会で『夫婦生活はどう?』と聞かれても平静を装っていましたし、元妻と行った観光地の写真をFacebookにあげては、『生活がうまくいっている』ことを周囲にアピールし、『大丈夫だ』と自分に思い込ませようとしていたんです。 そういうのを、母はすぐ見透かすんです。電話の声一発でこっちのメンタルを察して、『無理はいけない』とか『焦らないで』とか『人生は長いから、のんびり』とか『やり直せないことなんか、ないからね』とか言ってくれる。離婚の『り』の字も出してないのに、全部わかっているようで……」  そう話す土岡さんの目が、少しだけ潤んでいるように見えた。  離婚を決めた時、土岡さんはメールでまず父親に伝えたが、「家族」をだめにしてしまった自分の失敗をどれほど叱責されるか、たいそう恐れたという。「家族」という単位を誰よりも重んじていたのは、父親その人だったからだ。しかし、父親からの返信メールは予想もしないものだった。 ※続く#2は、11月9日に配信予定。 <文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>
稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga
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