「台湾版『ちびまる子ちゃん』を作りたかった」気鋭の女性アニメ監督に聞く
11月29日に公開された台湾映画『幸福路(こうふくろ)のチー』は台湾史上初の長編アニメーションで、東京アニメアワードフェスティバル2018でグランプリを受賞したのを皮切りに、オタワなど名だたる国際アニメーション映画祭で受賞を重ねてきた話題作です。しかも、本作を手掛けたのは日米で映画を学んだ女性監督、ソン・シンイン。
自身の半生をモチーフに、30年間かけてひとりの女性がたどる心の旅を描いた本作は、ノスタルジックなアニメーション映像に激動の台湾史が盛り込まれた傑作に仕上がっています。来日したソン・シンイン監督にアニメの魅力から中国市場の難しさまで忌憚(きたん)なく語っていただきました。
――本作は、台湾史上の初めての長編アニメーションです。台湾人の観客からはどのような反応があったのでしょうか?
ソン・シンイン監督(以下、シンイン監督)「最初は『台湾アニメ!? なにそれ』というような感じでしたが、公開後は口コミがだんだんと広がり、おもしろいことに、観る人によって意見が全然違うんです! 例えば私の40代の友人は、映画の前半で描かれるチーの子供時代に自分を重ねて共感できたそうですが、後半で描かれる大人になったチーの苦しみや葛藤を見るのは好きじゃないと。
現在20代の台湾の若者たちは『迷い世代』と呼ばれていて、経済不況のなかで育ち給料も安く未来に希望を見いだせないので『何をすればいいか分からない』という世代です。彼らは大人のチーの苦しみにすごく共感してくれて、『迷っているのは自分だけじゃない』『自分で悩みを抱え込まないで、リラックスしよう。なんとかなるから』と感じてホッとしたそうです」
――劇中、「ガッチャマン」も登場しますし、台湾の人々が日本アニメを観て育ったんだなということを改めて感じました。しかも、監督は当初、台湾版ちびまる子ちゃんシリーズを作りたかったのだとか。
シンイン監督「2013年に、まず12分の短編アニメーション『幸福路上』を作り、それを台湾版ちびまる子ちゃんとしてシリーズ化したかったんです。というのも台湾にはアニメーション産業がないので、日本のように1本ずつリリースするとすぐに消えてしまいますから、シリーズ化して、時々映画が出るような形にしたかったんですが、それは叶いませんでした。
実は本作を制作するにあたり、実写映画にするならば投資してくれるという中国、韓国、フランスの製作会社があったんです。でもこの作品で描かれているチーの成長には暗さ、残酷さ、痛さもありますが、アニメーションにすればファンタジー的要素が強くなり、童話のような味わいが出る……これこそがアニメの魅力だと思います。結局、製作費にはかなり自腹を切ったので私自身はものすごく貧乏になってしまいましたが、好きな作品を作ることができてハッピーです(笑)」
――世界ではアニメーション映画も国際共同製作が多くなり、フリーランスのアニメーターのなかには、国から国へと移動して作品作りをしている人も少なくないです。アジアでの状況はどんなものでしょう?
シンイン監督「まず、日本は非常に大きなアニメ市場があり投資家も十分集まることから、現時点では国際共同製作の経済的な必要性はないでしょうね。反面、日本のドラマはグローバルな展開はできてはいません。今スゴい勢いで伸びているのは韓国とマレーシアのコンテンツ。
これはアニメに限った話ではありませんが、NETFLIXは中国市場を狙うために中国でコンテンツを作りたかった。けれども、中国には検閲制度もあるし撮影許可を取るのも難しいということで、数年前に台湾でドラマを製作しました。ところが、台湾製のドラマはヒットしなかったことから、NETFLIXは台湾での国際共同製作をやめて投資を引き上げてしまったんです」
――なぜ台湾製ドラマはヒットしなかったのですか?
シンイン監督「10年ほど前、多くのフィルムメーカー、女優、俳優たちが中国へ移ってしまい、その結果、エンターテイメント産業自体が縮小してしまいました。なので、台湾ではよいコンテンツが作れないと分かったNETFLIXが今、アジアの国際共同製作に力を入れているのが韓国とマレーシアというわけなんです。
韓国の音楽、ドラマ、映画は世界で非常に人気がありますし、マレーシアはなんと言っても英語でも中国語でもコンテンツを作ることができるので、グローバル市場も中国市場もターゲットにできます。加えて人件費も安いので製作コストが抑えられますしね」
日本アニメを観て育った台湾人監督が語るアニメの魅力
アジアのコンテンツで世界に通用するものとは
11月29日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次ロードショー