「
罵倒メールと反省・謝罪めいたメールが交互に届くんです。『もっと苦しんでほしい』『私の人生を返せ』といった攻撃の2、3日後には、『私のような人間が誰かと結婚したのが間違いだった』『巻き添えにしてしまってごめんなさい』などと謝ってくる。これが何週間も繰り返されました。後になって、その時期の志津が、以前結婚パーティーに招待してくれた友人夫婦に対して、『
守(仲本さん)が会社のストレスでおかしくなって私を口撃してくるので、やむを得ず離婚する』と伝えていたことがわかりました」
やがて離婚が成立。トータル8年以上にもわたる仲本さんの地獄が、ようやく終わった。今から8年ほど前のことだ。
仲本さんは3年前に再婚。子供はいない。今は幸せですかと聞くと、意外にも「うーん」と言いながら、少し遠い目をした。
「
今の奥さんは、気立てはいいけど“からっぽ”の人です。うん、幸せですよ。だけど僕、志津と結婚していた頃のほうが、今よりずっといい仕事をしてたと思うんです。あの地獄には二度と戻りたくないけど、あの時の方が僕の頭は確実に冴えていました。いい企画をいくつも立てたし、大きなイベントをいくつも仕切った。今は転職してイベントとは無関係の仕事をしていますが、正直、人生の第一線から退いた気分ですよ。あの頃のことは、すべて夢のように思えます」

あの頃の自分が本当の自分だった、ということなのか。
「あの時、懸命に生きていた自分はもう戻ってこない。
あの時の自分が本当の自分で今が抜け殻なのか、今が本来の自分なのかは、よくわかりません。今はぬるま湯の幸せなのかもしれない。なんだったら、
人は苦しみ尽くすことではじめて何かを成し遂げられる。アウシュビッツ収容所を生き抜いた医者が書いた『夜と霧』って本に、そんな感じの一節があったと記憶しています」
取材が終わり、翌日、仲本さんからメッセージが届いた。
「志津と結婚パーティーに行った時の写真が出てきたので送ります。15年くらい前ですが、当時の僕、今と違って痩せてたし、精悍でしたね。結構いい顔してるでしょ」
写真には、仲本さんと出会った当初に比べてやや肉付きと顔色のいい志津さんと、対照的に青白く幽霊のように痩せ細った仲本さんが写っていた。意外だが、志津さんは温かみのある穏やかな表情を浮かべている。それに対し、仲本さんは睨みつけるような鋭い眼光でこちらを見つめている。
一瞬、どちらが心を病んでいるのか、わからなくなった。
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>