Entertainment

一条ゆかりら少女漫画界レジェンドの裏話を『純情クレイジーフルーツ』松苗あけみが語る

 今とはまた違う、熱い輝きを放っていた1980年代の少女マンガ。その中でも当時の少女たちから熱狂的な支持を得たのが、松苗あけみさんの『純情クレイジーフルーツ』でした。
『松苗あけみの少女まんが道』(ぶんか社)

『松苗あけみの少女まんが道』(ぶんか社)

 リアルな女子高生たちの飾りのない言動を、華麗かつ革新的な筆致で描いたこの作品は、今も多くの読者に愛されています。今年発売されたコミックエッセイ『松苗あけみの少女まんが道』(ぶんか社)では、当時のウラ話や、一条ゆかりさん・内田善美さんといったレジェンドの交流がふんだんに描かれ、注目を集めました。  今回、松苗あけみさんに描き切れなかったところまで聞いてみたいということで、コアな少女マンガファンでもあるマンガ家・きたがわ翔さん少女マンガ研究家・小田真琴さんをまじえたスペシャルトークをお送りします。
左から、少女マンガ研究家・小田真琴さん、マンガ家・松苗あけみ先生、マンガ家・きたがわ翔先生。

左から、少女マンガ研究家・小田真琴さん、マンガ家・松苗あけみさん、マンガ家・きたがわ翔さん。

デビュー当時、原稿があがらなくて旅館に拉致された

松苗あけみ(以下、松苗): デビューは1977年で、サンリオで当時発行していた『リリカ』というマンガ雑誌でした。1冊出すごとに3百万くらい赤字が出たって、あとから聞きました。 きたがわ翔(以下、きたがわ): 手塚治虫先生、水野英子先生とか、執筆陣がすごかったです。左から読んでいくアメリカを意識した雑誌で、山岸凉子先生が左右逆と知らされなくて困惑されたとか。
松苗あけみさんによる表紙の『リリカ1977年6月号』(サンリオ)。デビューは4月号

松苗あけみさんによる表紙の『リリカ1977年6月号』(サンリオ)。デビューは4月号

松苗: 結局休刊してしまって……。一条ゆかり先生の助け舟があって集英社の『ぶ~け』で描かせてもらえました。 小田真琴(以下、小田): 『ぶ~け』は少女マンガの絵が多様化していくのがわかる、興味深い雑誌です。誌面でのマンガ家養成講座もありました。 きたがわ: 新人に対しての気合がすごかったです。講評が細かくて、人によっては立ち直れないんじゃないかと。ほかにも『別冊マーガレット』は、応募作全部を批評してくれていたと思います。そういった少女マンガ全体の面倒見の良さがありがたくて、僕は最初、そっちにいったんですよ。
きたがわ翔さんは1981年『別冊マーガレット』掲載『番長くんはごきげんななめ』でデビュー(画像:『萌子がんばります! きたがわ翔初期作品集』Sho Studio )

きたがわ翔さんは1981年『別冊マーガレット』掲載『番長くんはごきげんななめ』でデビュー(画像:『萌子がんばります! きたがわ翔初期作品集』Sho Studio )

松苗: そういった温情を受けながら、私はずいぶん迷惑をかけました(苦笑)。原稿があがらなくて聖富荘って旅館に拉致されて……。当時は都内にマンガ家をカンヅメにする旅館がいくつもあって、和室で何日も描くんです。20代でしたけど、腰にきましたね。今思うと私の場合は、時代があと押ししてくれて、いい位置に座らせてもらったかんじです。
次のページ 
一条ゆかりは王道にいながら革命を起こしてきた
1
2
3
Cxense Recommend widget


あなたにおすすめ