News
Human

「パラスポーツは“ただのスポーツ”になってほしい」パラ水泳選手が語る未来

水泳は社会を変えるための発信ツールだった

一ノ瀬メイ

欠損している右腕の筋力をつけるためのトレーニング用の義手は、一ノ瀬選手に合わせて特別に作られたものだ

 英国では’01年、「特別な教育ニーズと障害法」の施行に伴い、「すべての子供は一般学校で教育を受ける」政策が一層強化された。  インクルーシブ教育(障害のある子供と、それ以外の子供を分け隔てなく行う教育)で世界をリードする英国の学校を、幼い一ノ瀬選手は目にしていたのだ。だからこそ、彼女は発信を続けるのだろう。 「幼い頃から理想的な社会を体験できたことはすごくラッキーでした。こうした経験がなかったら、日本の遅れた現状を前に絶望するだけだったかもしれない……。でも、理想的な社会をこの目で見ているので、そこに向かっていけばいい。振り返れば、私にとって水泳は社会を変えるための発信ツールだったのでしょうね」

『24時間テレビ』は非日常の“感動ポルノ”

 パラリンピックの開幕を控え、テレビをはじめとするメディアにパラアスリートが登場することが多くなっている。 「日本のメディアに障がい者が登場する機会は、パラスポーツに偏っています。日本では、パラスポーツが“ただのスポーツ”として存在できていないから、特別視される。  例えば、パラスポーツの大会に取材に来るのは運動部ではなく、社会部の福祉担当記者で、スポーツを知らない人が多い。一方、運動部の記者は五輪選手の取材はしても、パラ選手の取材には来ない……(※)。あらゆる差別がなくなったとき、パラスポーツは今のような特別な存在ではなく、ようやく“ただのスポーツ”になれます。 『24時間テレビ』など、テレビの障がい者の取り上げ方にしても、イベント的にフォーカスして、非日常として物語を描いているのも問題です。日常的な視点で取り上げなければ変化は起きず、障がい者は“感動ポルノ”としてただ消費されるだけです。障がい者個人にフォーカスすると、社会の問題が見えにくくなり、多くの人が障がい者を巡る問題を考えるきっかけも失われてしまう」 ※編集部追記(8/25、20:30) この点について、一ノ瀬選手のtwitterで「これは過去の話で現在は違う」とのご指摘がありました。
次のページ 
パラスポーツは“ただのスポーツ”にならなきゃいけない
1
2
3
4
Cxense Recommend widget


あなたにおすすめ